語り合い、思いを新たに
20周年を語るつどい開催
3月22日、昨日の強風もおさまり穏やかな春の陽より。新宿駅から会場までの道沿いにある桜も、つぼみをふくらませ始めていました。
各々が20年間の骨髄バンクボランティアの思いを胸に、創成期より活動を続けている方たち、それぞれの時期から参加したドナーや患者さん、患者家族、ボランティア、そして、何年かぶりに顔を見せてくれた人たち等々、総勢45名が新宿の高層ビルを見上げる会場に集まりました。司会者のあいさつの後、完治に向け治療していたにも関わらず無念にも亡くなっていった方たちに全員で黙とうを捧げて「20周年を語るつどい」がスタートしました。
東京の会代表の三瓶和義さんのあいさつ、福島県より駆け付けてくださった陽田秀夫さんの乾杯と続き、懐かしい人たちとの思い出話で盛り上がっている時に、サンクト・フローリアンの三戸さんと小澤さんが楽器を手に、「このような会には、音楽が必要なのよ。」と前にでてこられ素晴らしい演奏を披露して下さいました。そして参加者全員で、ヴァイオリンとチェロの伴奏にのせて、「翼をください」と「からたちの花」を歌いました。
その余韻の中、「東京の会のあゆみ」と題して野村正満さんが片手にマイク、片手にワイングラスを持って、これまでの軌跡を説明された後、日本に骨髄バンクができる以前から患者救済の思いでこれまで活動を続けてこられた、大谷貴子さん、池田あゆみさん、新田恭平さん、三瓶和義さんが、千葉純子さんの司会の下、今までの心に残る活動やエピソードを語って下さいました。
その内容に涙する参加者も多く、熱いものがこみ上げる時間の中、大谷貴子さんより宮崎県から春休みを利用して訪ねてくれた、元患者である豊永由希恵さんが紹介されました。彼女は10数年前に移植を受けて、今春大学に入学するチャーミングな女性です。そして、「大学では、植物などの自然なものを活かして人間の免疫力を高める研究をしたい。それを、社会に還元したい。」と元気に話してくれました。
ちなみに、今回参加した東京の会の最年少メンバーよつば君3才が食事の時から彼女のそばを離れず、あろうことか自分は4才だとサバを読み、帰る時にも手をつないで宮崎県まで行くところでした。初恋です。今後もこの恋の行方を静かに見守りたいと思います。
そうして、楽しい時間はあっという間に過ぎていきます。
その後、事務局長の今後の活動報告に続き、提供していただいた品物でチャリティーオークションが行われました。1点3千円からスタートした品物も、会場の熱気に後押しされ、千円単位で値がつりあがり、2点で2万3千円の落札額でした。今後の活動に有意義に使わせていただきます。
会の最後に会場から手があがり、骨髄バンク設立前の悲しい秘話が涙ながらに語られました。活動の原点を見た貴重な時間でした。その思いを胸に、ボランティアが一致団結して20周年事業を成功させ、「患者救命とドナーの安全」を理念とし活動を行っていくと、三本締めで結びました。
参加された皆さま、どうもありがとうございました。この場をお借りし、ごあいさつ申し上げます。(事務局長・大橋一三)
■当日の感想
みなさんに会えてよかった!!!(若木換、武林裕美)
いろいろな人に会えて楽しかったです(西村政志、陽田秀夫)
やっぱり20周年!多彩な顔ぶれ!いらっしゃれない方の事もしみじみ〜(小澤洋介、三戸素子)
無理して来てよかったです。久しぶりに泣きました(西野里実)
東京の会に参加したきっかけは悲しい事があった頃ですが、皆さんに会えて人生が変わりました‼(仲本順子)
東京の会に参加した事で、ウチの子四葉が生まれました。
東京の会は人の命を救う事もでき創る機会までもできる素晴らしい団体だと改めて思いました(仲本剛郎)
自分の記憶力との闘いでした(笑)皆様との出逢いに感動しました(大谷貴子)
東京の会に関われて感謝です。泣けました‼(湯原孝行)
とてもよかった。東京の会は不滅だ。(三瓶和義)



豊永由希恵さん、大谷貴子さん、池田あゆみさん













