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2011年02月 の通信

2011年02月21日

箱根駅伝、田町に!箱根に!
赤いのぼりが舞いました!

 テレビで全国中継される箱根駅伝の画面に骨髄バンクののぼりが映るといいね、との思いから、関係者にお願いして始まった沿道の応援は、今年で10回目になりました。
 今年は第87回大会で、早稲田大学が往路優勝の東洋大学を僅か21秒差で逆転し、総合優勝を飾りました。シード権争いも激しく、ゴール間際で走路を間違えてあわてて戻るというハプニングにも拘らず、国学院大学が初のシード校入りを果たしました。
 今年のTV中継では「命のたすきリレー骨髄バンク」の赤いのぼりが随分と目立ったと思います。東京の会では今年も田町駅近くの芝5丁目交差点で、熱い気持ちを心に秘めて、往路2日は午前7時半集合、3日は午後12時集合で選手たちを応援しました。
 「骨髄バンク」応援ののぼりがテレビに映ることで、お正月も外出がままならない闘病中の患者さんに、少しでも励ましになればと各地のボランティアが協力しました。特にプルデンシャル生命からは300名を超える社員の方々が寒い中を活動に参加し、沿道でのぼりがテレビに映るように研究を重ねて応援して下さいました。プルデンシャル生命さんからは、毎年応援参加者の数に応じて「白血病患者支援基金」へのご寄付もいただき感謝に堪えません。
 その他、増上寺の手前や小田原中継所、宮ノ下、恵明学園前などで赤いのぼりがバッチリと映っていました。本当にご苦労様でした!テレビを見ていた闘病中の患者さんに、応援するボランティアの皆さんの温かい気持ちとメッセージが伝わったと思います。
 来年はどこでのぼりを立てようか、ビデオを見直しながらチェックしましょう。箱根を激走する大学生を応援しながら、患者さんがもっともっと元気になりますように! (若木)
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復路、白熱するシード権争い!


●ワクワク気分で観戦・宣伝 ~田町駅前交差点での2日間~
 1月2日の朝8時10分、往路の田町駅前交差点。
 「アッ、来た来た」と歓声が上がり、選手団が目の前を風のように通り過ぎていった。その時間、わずか数分。直後、自宅でテレビ観戦中の山中孝之さんから「バンクののぼりが見えましたよ!」の携帯メールが。
 のぼりを片付けて、お屠蘇でもやっている店はないかと探しましたが、さすがにこの時間では見つからず、さびしく帰路に。
 翌3日の12時30分頃。同交差点でのぼりを両手に持って待つこと1時間。
 路上には昨日の数倍の応援・観戦者が、興奮の内に待つ中を先頭ランナーが颯爽と通過し、その後次々と通過して最終ランナーまで約30分。本年の箱根駅伝での宣伝活動も成功裏に終了。
 のぼりをたたんで、下見をしておいた駅前の『庄や』に直行し、12名が参加して新年会(資材の運搬で参加できなかった若木さん、ごめんなさい!)。活動交流の話も大いに盛り上がり、今年も良い幕開けとなりました。
 埼玉の会からは、2日間で延べ9名が参加。皆さん、お疲れ様でした。(埼玉骨髄バンク推進連絡会 笠原慶一)
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●宮ノ下リポート
ー腹が減っては応援はできぬ!?
 2011年1月2日 朝6時40分。目が覚めて冷や汗たらり~!
 鳴るはずの目覚ましが鳴らなかった。待ち合わせは新宿の小田急線改札に7時20分。タクシーで行こうと決めて外に飛び出し、幸いにすぐつかまって、「急いで行って下さい!」と叫ぶ。運転手は「ガッテンダ」とばかり、私がお化粧なんてしていられないくらいのスピードで、お正月の都心を新宿駅目指して飛ばす飛ばす。お陰で余裕で待ち合わせ場所に到着。
 東京の会のくるみちゃん親子と大塚さんとロマンスカーに乗り込み、車内でお弁当を食べて落ち着く。おしゃべりしっ放しで宮ノ下に着き、時間があるので富士屋ホテルのカフェでお池の鯉を眺めながらまったりとケーキセットを頂く。朝のスリル満点の騒ぎは記憶の彼方へ。
 ホテルの下ではシチューパンを目指す行列がずーっと上の方まで続いており、まずはその方たちにティッシュとチラシをありったけ配る。そして今年も私達を温かく迎えてくれる地元の皆様に新年のご挨拶!その後は、東京の会メンバーの志村さんのご両親と妹さん親子が参加されて、募金箱を持ち、一緒に大きな声で募金を呼び掛けてくれた。
 選手の名前を呼ぶ応援練習も終わった頃に、花火の合図と共に選手が近づいてくる。最高潮は早稲田を追う東洋大の柏原くんがやって来て沿道が一丸となって応援した瞬間である。選手の耳にも名前で呼ぶ応援は届いているはず。全員が通過してから、盛り上がっている雰囲気の中でまた募金活動をすると、皆さんが次々入れてくれる。あーもっと募金箱があったらなー、と思う。
 帰りにはみんなで宮の下駅前で足湯につかり、ポカポカした身体で湯本に戻り、くるみママお勧めの「初花」のとろろそばを頂く。以上食べ物中心の報告は竹崎でした。 (竹崎)

平成22年12月末日現在 登録・適合状況

日本骨髄バンクの登録患者と検査済登録ドナー(平成22年12月末日現在)
―――――――――――――――――――――――――
      ドナー(全国) ドナー(東京) 患者(累計)
―――――――――――――――――――――――――
登録者総数   376,237     53,136   31,891
12月登録分    2,952      307     256
12月抹消数    1,598      208      -
実質登録増    1,354     99     -
―――――――――――――――――――――――――

患者とドナーの登録・適合状況(12月末日現在)
ドナー登録受付者数(累計)    488,101人
ドナー登録抹消者数(累計)    111,864人
有効二次検査済ドナー数     375,929人(12月1,381人増)
二次検査適合ドナー数(累計)   235,415人
実質登録患者実数(現在)      2,879人(国内1,457人)
HLA適合患者数(累計)       25,918人(患者累計数の81.3%)
非血縁移植実施数         12,498例(12月実施82例)

帝京大学患者会「しらたま」訪問記
〜一丸なんだなー〜

 1月15日、この日は東京でも氷点下を下回る冷え込みをみせました。水溜りに氷が張り猫も私も丸まったまま外へなど出かけたくはない、そんな寒い日に帝京大学の患者会「しらたま」のおしゃべり会が再開されました。
 2ヶ月に一度の「おしゃべり会」ですが、前回11月は開催されなかった為、訪れるのは4ヶ月ぶりとなります。9月にお会いした笑顔と話のネタが尽きない元気な年配のお姉さまたち、移植をするか考えていた少女、移植後なのにGVHDが出ず驚くほど元気な男性、今日も元気に会えるのかと楽しみに、寒空のなかをこれでもかという位厚着をして出かけました。
 会場に到着すると、世話人である元患者の椚原さんが、笑顔で「待ってましたよー」と迎えてくれましたが、前回出会った人たちが参加していません。心配になりましたが、それぞれの都合があり参加していないとのことでひと安心。
 毎回思うことがあります。この「しらたまの会」は、患者さんが中心となるおしゃべり会ですが、院内の血液内科の先生をはじめ、検査技師、輸血部、薬剤師、看護師の医療従事者が自主的に参加されていて、緩やかな時間を過ごすのです。
 この日は、千葉から通院されている患者さんが、「外来の診察番号の札、①番を取るコツを聞き出しました」と喜んでいるところに、ある先生が「〇〇さん。0番もあるのですよ」と教えると、「んん、じゃ0番だ!」とやる気を倍増させていました。
 いつも参加されている薬剤師の女性は、帝京大学ラグビー部の試合に、風邪をひいていたにも拘わらず点滴をうって応援に行ったそうです。その甲斐があってか、帝京大学は1月9日の大学選手権決勝戦に勝利し2連覇を成し遂げました。そんな日常会話を楽しみながら交流しているのです。
 この日初めてお会いした患者さんの中には、「バイトをしたくて今探している」と笑顔いっぱいの移植後半年の女性や、妊娠中に発病し出産してから移植を受けたお母さんも参加していました。しかし地金丸出しの患者さんはいません。(もっといろんな事もお聞きしたいという思いはあるのですが、そう簡単に家族のような会話を他人にするとは普通ありえないものです)。また、患者さんの為に〇〇を……という人もいません。時々、「私達は患者さんのことを一番に思って…」とか、「患者さんの気持ちを代弁して言っている」というようなボランティアもいますが、こういう言葉を聞くと私はムカッ腹がたつのです。「患者にもなったことがないのに生意気言ってんじゃないよ!」
 分からないことを知ろうとする誠実な集まりを「しらたまの会」に感じます。
 帰りに一昨年に植えた桜を見てみると、寒風の中で小さな蕾をつけていました。しっかりと成長しています。次回のおしゃべり会は3月、花が咲いているといいなぁ、と思いながら今から楽しみです。(大橋)

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♪「2月定例会」/3月会報発送「おりおり」 のお知らせ♪

東京の会「2月定例会」のお知らせ
2月19日(土)午後5時30分より
会場:全労済東京・レインボー会館3階会議室
※新宿駅下車7分(新宿区西新宿7-20-8)
※西新宿駅下車1番出口徒歩2分
青梅街道新宿警察署きらやか銀行の角入ってすぐ右側
※3月定例会予定・3月19日(土)午後5時30分より
定例会は 毎月第3土曜日午後5時30分 から開催しています。

3月会報発送「おりおり」のお知らせ
3月5日(土)13時00分より
※13時までは品川運輸さんが使用されています。13時以降にお越し下さい。
場所:品川運輸・4階会議室(品川区東大井2-1-8)
JR大井町駅徒歩8分・京浜急行鮫洲駅徒歩2分
※今お読みになっている「東京の会通信」を約1000部
折って封入して発送します。簡単な誰にでも出来る作
業です。いつも人手が足りません。どうかご協力を。
※4月「おりおり」予定・4月2日(土)13時00分より

新しい方大歓迎です。お気軽においで下さい。お待ちしています。

患者からのメッセージ
Thanks My Secondary Birthday. 鳥羽雅行

 2009年うららかな春の日に、心あるドナー様の善意で提供して頂いた骨髄液を移植させて頂くことによって、もう一度いのちを授かりました。さらに大勢の方々から頂いた善意の贈り物である赤血球と血小板を、42回にわたって輸血をして頂きました。
 あの発病からやっと2年が過ぎました。確かに壮絶な日も過ごして来ましたが「絶対に生きる」「どうしても社会に復帰する」という願いは本当にかないました。
 現在はGVHDという移植時にドナーさんから頂いた新しい細胞に、自分の身体を慣らすための修行を行っておりますが、まあこれはこれとして受け止めて身体を慣らしながらの生活を送っております。私の入院生活は取りあえず終わりました。そしていつかは寛解を迎えて闘病生活も終わるかと思います。
 病気とはまったく無縁であった私は、この2年間に続けて、急性白血病と大腸癌という病にみまわれてしまい、実際は幾つかのモノも失いました。しかし今は、それ以上にまったく新しい考え方・絶対に出会うことのなかった方々との交流・大きく変化した心のあり方等々、とっても大きな財産を得る事となりました。
 今も病気が腹立たしいのは事実ですが、あの絶望の淵に落ちた私に、希望を与えて下さった大勢の方々の優しさ・ご尽力が闘病意欲の源となっていることは言うまでもありません。
 同じ病室で提供のために入院されたドナーさんと、ご一緒させて頂いた経験があります。面識もないまったく知らない人を救うために自らの身体を張って下さる方の、高潔なご意志とご家族の心配は計り知れないものだと解りました。「感謝」ということば以上に賛美できる言葉は日本語には無いのでしょうか?
 その方は出張の多いビジネス・マンでした。入院日の前夜に体力を付けるため、ご家庭で「すき焼き」を囲まれたそうです。翌日の朝に奥さんと子供さん達から「お父さん頑張ってね!」と励まされ、いよいよ家を出る時に、同居のお母様から「いつ帰るんの」と聞かれ「4日位かな」と答えられると「今度は何処に行くの」……「まあ 病院だね」「どこが悪いんだね」「いや 俺じゃないんだよ」「じゃ 誰が悪いんだい」「知らないよ!」「何故 知らない人の見舞いに4日も行くんだね」……「いいんだよ これは約束だから」といって玄関を出たら、「馬鹿なことするんじゃない」とバス停まで、ご高齢のお母様に追いかけられたという、お話をご本人から直接聞かせて頂きました。
 最終同意に至るまでの期間、ご家族や職場の人々からは様々な意見や批判を聞かされたことでしょう。それでもなお周囲の方々を説得し理解を得て、提供して下さったドナーさんのお気持ちを想うたび、目頭がとても熱くなります。
 無償の愛を本当にありがとうございました、心から心から感謝しております。
 一番辛い時期に心の支えとなったのは、血液内科・移植チームスタッフ皆様方のご尽力と慈愛に満ちた励ましでした。同時に仕事(商業カメラマン・自営)の継続に全力を注いで下さった仲間たち、お取引先様、友人親戚、家族ら大勢の方々の励ましによって、この慶びを共に迎える事が出来たと思います。
 骨髄バンクにすべての救いを求めたあの冬から、私の闘いは始まりました。しかし私にとっては、ドナーさんとのHLAとの適合率だの可能性だの移植後の生活の質の低下だの、専門的な知識は必要ありませんでした。移植前の当事者にとっては、まったく要らぬ心配の種でどうでもいいことだと思っていました。ただし闘う限りは「諦めない何があっても絶対に屈しない」その気持ちだけは譲れませんでした。「ドナーさんは必ず見つかる」ここから帰ることが出来たら是非とも恩返しをしたい。その想いが「東京の会」入会のきっかけとなりました。
 暖かく迎え入れて下さった会の皆様に感謝して、出しゃばらず、目立ち過ぎず、喋り過ぎず、飲み過ぎずに、明るく謙虚な姿勢で活動を続けたいと思っております。レシピエントである私は、今後どう頑張ったところで、ドナー登録は出来ません。医学的に不可能なのです。そんな事実を知った時に、素晴らしい言葉と出会いました「純粋な愛とは人を助けるだけで無く、人が助かる事を求めて行くこと」
 まさにそうだ! と思いました、東京の会での活動はもちろん、日々の生活の糧にしたいとても「大切な言葉」と致します。
 最後になりましたが、病気になったら絶対に逃げないで、とにかく正面から闘うものだと今も思っています。ただし正面から闘って、それでも望まない結果となられた方も同じ様におられます。したがって病気との闘いには、決して勝ちも負けもありません、「それはみんなで一生懸命に闘うものだから」だと考えます。
 今後、私が寛解を迎えても「ずっと皆さんと一緒に闘って行きますからね」
 だいじょうぶ だいじょうぶ。

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発病にみまわれるまでの著者・スタジオにて

東京ドナー登録会予定(2月)

2/ 1(火)ANAインターコンチネンタルホテル(港区)
2/ 1(火)尾久警察署(荒川区)
2/ 4(金)大田区役所(大田区)
2/ 7(月)品川区役所(品川区)
2/ 9(水)北区役所(北区)
2/ 9(水)京王プラザホテル(新宿区)
2/15(火)中央区役所(中央区)
2/18(金)新宿区役所第一分庁舎(新宿区)
2/22 (火)ビジネススクエア(世田谷区)
2/23(水)赤羽駅東口(北区)
2/23(水)中央警察署(中央区)
2/24(木)世田谷区役所(世田谷区)
2/25(金)荏原病院(大田区)
2/25(金)目黒区役所(目黒区)

心のこもったご寄付ありがとうございました。(2010.12.16〜2011.1.15)

中谷光子さん 3,000円/末廣正和さん 7,777円/井狩明子さん 5,000円/宮城和子さん 11,300円
新井英一さん 17,000円/中丸朗彦さん 7,000円/飯島尚さん 3,000円/金田まり子さん 10,000円
藤井原保子さん 7,000円/高橋真知子さん 5,000円/手束尚美さん 9,000円/松崎若草さん 300円
中島カツ江さん 1,000円/許田重弘さん 10,000円/中西多恵子さん 22,000円/鈴木孝宏さん 2,000円
小屋松一子さん 7,000円/伊藤史郎さん 3,000円/佐野啓子さん 2,000円/早川真由美さん 2,000円
北島純子さん 3,000円/羽藤あゆみさん 1,000円/戸田百合子さん 9,000円/仲田房子さん 30,000円
西河内靖葉さん 5,000円/入船のぞみさん 10,000円/小野恵里子さん 2,000円
お寄せいただいたご寄付のうち、会費未納の会員からは会費(年3,000円)を差し引いて掲載させていただきました。

◆編集者雑記◆

▼環境省は、子どもの発育に影響を与える化学物質等の環境要因を明らかにするため、全国で約10万人の母親と新生児を対象に、子供が13歳に達するまで健康状態を追跡調査する「子どもの健康と環境に関する全国調査」(エコチル調査)を今年1月末から開始します。ところがこのエコチル調査が、さい帯血バンク事業の危機を招くのではないかとの懸念が、関係者の間で広がっています。
▼この調査では、母親(妊婦)の血液、尿、母乳、父親の血液とともに、新生児の臍帯血を10.採取しますが、各地域のさい帯血バンクの提携採取医療機関の約3割が、この調査の協力医療機関と重複していることが、調査開始直前になって明らかとなりました。エコチル調査のために臍帯血が採取されることで、移植用の臍帯血の採取件数が減少し、必要な臍帯血の保存ができなくなるおそれが出てきたのです。
▼この調査は4年以上前から検討が開始されています。エコチル調査の主管は環境省、さい帯血バンクの主管は厚生労働省ですが、医療機関が関わることから、当然両省の間で事前調整が行われたはずです。ところがこの問題で実質的な調整はなく、環境省から説明を受けた日本さい帯血バンクネットワークはまさに寝耳に水の状態だったそうです。厚労省の臓器移植対策室は、この調査がさい帯血バンク事業の根幹を揺るがしかねないリスクをはらんでいるとの認識を持っていなかったのでしょうか。これは単に省庁間の壁の問題ですまされる問題ではありません。
▼日本さい帯血バンクネットワークは、厚労省に対して「公的さい帯血バンクのある地域をエコチル調査から除外すること」「さい帯血バンク事業への業務提携を働きかけている採取施設とエコチル調査の協力医療機関が競合しないこと」を要望しました。これを受けて環境省は厚労省と協議し、さい帯血バンクとエコチル調査との競合の軽減策を示しました。
▼その内容は「医療機関の働きかけにより、エコチル調査とさい帯血バンク双方に協力する意思を有することになった者については、エコチル調査では臍帯血を採取せずデータの欠損として扱う」「上記の対応によっても影響が生じる場合は調査協力医療機関から除外する」というものです。そして1月中旬までに各地域のさい帯血バンクはほぼこの対応を受け入れたのことです。しかしこれで本当に大丈夫なのでしょうか。
▼さい帯血バンク事業は提供者の無償の善意に支えられています。ところが、エコチル調査では、臍帯血提供を含めて総額18,000円の謝礼が支払われるそうです。これでは有償の調査を優先する意識が働くのは避けられません。しかも医療機関にとってもさい帯バンクより有利な制度になっています。さい帯血バンクでは保存に至った場合のみ最大14,000円が採取医療機関に支払われますが、エコチル調査では最大16,000円が確実に支払われるのです。
▼そもそも臍帯血の提供に対価が支払われていいのでしょうか。輸血用血液も医療には欠かせないものですが無償の献血によってまかなわれています。骨髄提供や他の臓器提供も基本的に無償です。この大原則が調査協力の名の下に安易に破られているのです。特に臍帯血を含む幹細胞は再生医療などで注目を浴びており、倫理的な問題を含めてその活用のあり方が社会的な課題となっているなかで、国が前例を作ってしまったことにならないでしょうか。
▼昨年の宮城さい帯血バンクの経営危機に象徴されるように、さい帯血バンクの経営基盤の脆弱性が大きな問題となっています。片やエコチル調査の予算は15年間で800億円だそうです。調査の重要性を否定するものではありませんが、果たして政策の整合性がとれていると言えるでしょうか。患者救命のために不可欠な存在となっているさい帯血バンク事業をどうしていくのか、国の姿勢が問われています。
▼既に全国協議会はこの問題で厚生労働省に要望書を提出し、環境省の担当者とも協議しています。また日本造血細胞移植学会も声明文を出して強い懸念を表明しています。私たちもこの問題を注視するとともに、必要な行動を起こしたいと思います。 (s)

新年のご挨拶 東京の会は前進し続けます
公的骨髄バンクを支援する東京の会 代表 三瓶 和義

 東京の会のみなさん、会報読者、全国のボランティアのみなさん、日頃から東京の会を支援していただいているみなさん、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。まずは、今年も1年間ともに元気で活動できることを願いたいと思います。
 東京の会は、昨年結成20年を迎え、3月22日の「20周年を語る集い」を始まりとして、一連の記念行事を行っております。少し紹介いたしますと、まずドナー登録者を増やす活動は都内献血ルームにお願いし、休日にルームの前でドナー登録の呼びかけを計7回行い、登録者の延べ数は50名となりました。大変地道な活動でありますが、昨年より行動してきた成果を引き継ぎ、今年も行うことになりました。
 11月20日に開催された「プロジェクトX、決断、命の一滴」では、つい先日、自ら子宮頚ガンの治療中であることを公表した女優の原千晶さん、骨髄移植によってプロスノーボーダーとして復活を遂げた荒井daze善正さんをお招きし、大谷貴子さんのコーディネートによって会場と一体となったイベントとなりました。「あやちゃんの贈り物2011カレンダー」は新聞でも報道され、全国的にも注目を集め、5本、10本、20本、50本と購入する方があとを絶ちませんでした。残存数については、1月の他団体イベントでの用途が決まっており、ほぼ完売となりました。
 また、現在編集中の「東京の会20年史」(仮称)についても、様々な方から原稿をお寄せいただき、作業は急ピッチで進んでおり発行にも大きな期待が寄せられています。
 他にもサンクトフローリアンチャリティコンサート、東京の会通信の毎月の発行など、多大なエネルギーを要する活動を切らさずに続けてきました。これらは、今後の活動の基礎になるものとして大きな評価をできるものであり、関わっている会員の方々には心からのお礼を申し上げるものです。
 さて、昨年はもう一点、東京の会が骨髄移植推進財団の元常務理事から訴えられた、いわゆる「東京の会裁判」の判決が出されました。判決は敗訴となりましたが、その時の対応について3回もの臨時定例会を開催し、それぞれの主張を尊重した結果、控訴をせずに判決を受け入れて終結させようという結論に至りました。その結果、現在もこの裁判の結果に関わらず、判決前と同じように活動が続けられています。裁判闘争を支援していただいた全国の皆様方には、この敗訴という結果を克服し、以前の活動を保ちつつ前進していると胸を張って報告できるものです。全国のみなさん、ご支援本当にありがとうございました。
 最後になりますが、今現在、骨髄バンク、さい帯血バンクのあり様が問題です。東京の会として見解を取りまとめているわけではありませんので、私見として述べさせていただきますが、私は国の事業としてしっかりと位置づけることが今大変重要ではないかと思っています。特に、さい帯血バンクの赤字基調の事業を民間の独立採算に委ねるやり方は極めて無責任であると言わざるを得ません。私は法制化と同時に、運営できる予算を国が責任を持ってつけるべきあることを主張するものです。税金の筋道の通った使い方をもう一度原点に立ち返り検討すべきであると思います。仕訳を行っている大臣の中にも、政党助成金を貯めこんでいる政治家がいるなど、これらの仕組みをもう一度考えなおす必要があるという国民の批判は当然ではないでしょうか。
 さて、今年の東京の会は、1人でも多くの患者さんの命を救うことと合わせて、20年の活動を基盤として、今年も旺盛に活動を進めます。とりわけ、若い方の多くの参加を期待いたしていると同時に、若い人たちが参加できる基盤づくりにも力を注がなくてはならないと考えています。
 そういう意味では、骨髄バンクのボランティア団体との交流だけではなく、もう少し世間を広げる必要もあるかなと考えています。
 期待が持てるぜ!東京の会。本年もよろしくお願い申し上げます。
2011年 元旦

22年11月末日現在 登録・適合状況

日本骨髄バンクの登録患者と検査済登録ドナー(平成22年11月末日現在)
―――――――――――――――――――――――――
      ドナー(全国) ドナー(東京) 患者(累計)
―――――――――――――――――――――――――
登録者総数   374,857     53,037   31,635
11月登録分    3,339      286     242
11月抹消数    921      109      -
実質登録増    2,418    177     -
―――――――――――――――――――――――――

患者とドナーの登録・適合状況(11月末日現在)
ドナー登録受付者数(累計)    485,125人
ドナー登録抹消者数(累計)    110,268人
有効二次検査済ドナー数     374,548人(11月2,426人増)
二次検査適合ドナー数(累計)   233,450人
実質登録患者実数(現在)      2,862人(国内1,407人)
HLA適合患者数(累計)       25,733人(患者累計数の81.3%)
非血縁移植実施数         12,416例(11月実施92例)

日赤献血ルームでのドナー登録推進活動を振り返って

 東京の会では20周年記念行事の一環としてドナー登録推進を取り上げ、登録担当班を編成して取り組みました。担当班では2010年1月23日に打ち合わせ行い、4月の銀座教会登録会のほか、都内の骨髄ドナー登録可能な日赤献血ルームでの募集活動を計画することにしました。
 一昨年2月に移植事例1万例記念感謝行事として、新宿東口献血ルームで登録募集活動を行いましたが、当時の所長だった小泉雅由氏が、その後東京都赤十字血液センター献血一部副部長(兼渉外課長・推進課長)に栄転され、お世話になっているとの情報を財団から得ました。そこで小泉氏に都内ルームへの紹介を依頼し、2月17日に指定された有楽町献血ルームを訪問、具体的依頼を行いました。
 お会いしたのは、小泉氏と東京都赤十字センター有楽町出張所所長(都内ルーム責任者)井上慎吾氏、当方は竹崎恵子、山本栄、新田恭平のメンバーでした。
 お願いした内容は

1.回数
4月以降、各ルーム一回(土曜日または日曜日)
2.日程
各ルームの所長様とお打ち合わせの上決定させていただく
3.対象献血ルーム
①新宿東口献血ルーム
②献血ルームSHIBU2
③献血ルーム吉祥寺タキオン
④献血ルームぶらっと(池袋)
⑤有楽町献血ルーム
⑥まちだ献血ルーム
⑦アキバ献血ルーム
4.お手伝いする業務内容
(1)ルーム前路上における献血・ドナー登録呼びかけ
(2)ルーム内案内とドナー登録参考資料〔ギフトオブライフ〕の配布
(3)必要な場合のビデオ案内・ドナー登録説明業務・申込み受付

 細部事項については各ルーム責任者の指示に従うこととしました。
 打合わせた結果、「20周年記念活動で特にドナー登録者を大きく伸ばすことを計画しているのか」と質問があり、「出来ればそうしたいがルームでのお手伝いを通じて普及広報が目的」と回答しました。有楽町献血ルーム、まちだ献血ルームは10月に移転拡張を行うので移転後が望ましいとの示唆があり、渋谷はSHIBU2のほかハチ公前ルーム、池袋も2箇所になっているが対象とするのかとの質問があり、これについてはチャンスに掲載されているルーム1ヶ所としました。
 その後、具体化した日程に従い、各ルームでお手伝いさせていただき、得られた結果は次のとおりです。

① アキバ献血ルーム     5月4日(火) ドナー登録者 4名
② 献血ルームSHIBU2  7月10日(土)   〃    2名
③ 献血ルームぶらっと(池袋)8月14日(土)   〃   16名
④ 新宿東口献血ルーム    9月18日(土)   〃    4名
⑤ 献血ルーム吉祥寺タキオン 10月9日(土)   〃    6名
⑥ 有楽町献血ルーム     10月24日(日)   〃   12名
⑦ 町田献血ルーム      11月21日(日)   〃    6名   
                    合計   50名 

 今回献血ルームで献血と骨髄バンクドナー登録の呼びかけの活動を行わせていただき、貴重な体験をさせていただくと同時に、広報活動の難しさについて考える機会を与えられました。各献血ルームでは、献血者を確保するためにさまざまな努力を一所懸命やっておられることを実感しました。
 その一つは、献血ルームの雰囲気を献血者に居心地の良いものにする努力です。古い施設の転居や改造を行って、室内の造作、デザインに工夫を凝らし、ゆったりとくつろげるよう椅子・テーブルが配置され、また無料自販機により好みの飲み物がサービスされる仕組みができています。
 もう一つは、ルームを訪れる献血者に、いかに無駄な時間をかけないで献血していただけるか、運営上の工夫をしていることです。入口に現在の待ち時間を知らせて、待てない場合には時間をずらしてきてくれるよう配慮されています。受付が混雑する時間帯には、ルームの規模に応じた複数窓口が設けられ、待ち時間が生じないよう工夫されています。申込書の作成も機械化され、初めての献血者には説明員が付き添い、不明な点を手際よく説明しています。
 ボランティアの活用も積極的に行われているようです。毎日ではないようでしたが日赤ボランティアの方が受付に入って職員と同じように受付業務を行い、待合室での案内業務に従事しているのを目にしました。あるルームのボランティアの方とお話できたのですが、「骨髄バンクのドナー登録説明員の資格を取りたい、そうすれば、献血者にもっとドナー登録をすすめられるのではないか」とのことでした。
 数年前は献血ルームでのドナー登録者が全体の50%近くを占めていた時期がありましたが、最近はその比率が大幅に落ち込んでいます。献血ルームとの連携のあり方を工夫することによって、もともと他者に対する意識が高い献血者の骨髄ドナー登録への協力を高めることができるのではないか。これが、今回の献血ルームでのドナー登録推進活動を終えてみての感想です。 (新田恭平)

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有楽町駅前での呼び掛け活動

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ゆったりとしたロビーでくつろぐ献血者(有楽町献血ルーム)

♪「1月定例会」/2月会報発送「おりおり」 のお知らせ♪

東京の会「1月定例会」のお知らせ
1月15日(土)午後5時30分より
会場:全労済東京・レインボー会館3階会議室
※新宿駅下車7分(新宿区西新宿7-20-8)
※西新宿駅下車1番出口徒歩2分
青梅街道新宿警察署きらやか銀行の角入ってすぐ右側
※2月定例会予定・2月19日(土)午後5時30分より
定例会は 毎月第3土曜日午後5時30分 から開催しています。

2月会報発送「おりおり」のお知らせ
2月5日(土)13時00分より
※13時までは品川運輸さんが使用されています。13時以降にお越し下さい。
場所:品川運輸・4階会議室(品川区東大井2-1-8)
JR大井町駅徒歩8分・京浜急行鮫洲駅徒歩2分
※今お読みになっている「東京の会通信」を約1000部
折って封入して発送します。簡単な誰にでも出来る作
業です。いつも人手が足りません。どうかご協力を。
※3月「おりおり」予定・3月5日(土)13時00分より

新しい方大歓迎です。お気軽においで下さい。お待ちしています。

2011年02月20日

患者からのメッセージ
私にできること 廣野愛子

 「病気になってよかった」患者さんのなかにはこのようにおっしゃる方がいらっしゃいますが、私は残念ながら「よかった」と思えたことはありません。しかしながら、病気にならなければわからなかった、知ることができてよかったことはあります。少しそのお話をさせてください。
 急性骨髄性白血病と診断されたのは、約5年半前の2005年夏のことでした。その3カ月くらい前から微熱が続き、頭痛や吐き気も頻繁にあったのですが、当時の私は毎日22時位まで、ときには夜中の2時まで働くこともあったので、体調不良は疲労のせいだと思い込んでいました。しかし、あまりに吐き気と頭痛が激しかったので近所の診療所で受診し検査したところ、すぐに異常が見つかり3日後には総合病院で告知、入院となりました。
 前年から「セカチュー」がブームとなっていましたが、幸いにも(?)興味がなかったため、白血病がどんな病気かよく知らず、あまりショックを受けなかったのを覚えています。その後徐々に不安感は広がっていきましたが、もともと意地っ張りな性格なので、不安に思っていることを周囲に気付かれるのが嫌で入院生活を楽しみながら治療を受けているよう振る舞っていました。例えば、ジグソーパズルを持ち込んで他の患者さんと一緒にパズルしつつおしゃべりをしたりです。しかし、実は夜中にインターネットで病気の情報を集めたり、お医者さんからの説明資料にある「5年生存率5割強」の数字を見ながら、もしかしたら5年後には生きていないかもしれないんだと怖くなってもいました。
 私は予後のあまりよくないタイプの白血病であったため、移植治療が第一選択でした。幸運なことに弟とHLAが適合(一座不一致)し、2006年春に末梢血幹細胞移植を受けることができました。治療では、夜中に鼻血が止まらず意識を失ったり、高熱続きで3週間ほど絶食だったり、肺炎を起こしたり、と楽ではありませんでしたが、治療の他にも辛かったことがありました。それは、私が人のためにできることがなかったことです。
 「お世話になっているお医者さん、看護師さん、家族や友達に恩返ししたい」「社会のために何かしたい」と思っても、入院しているときは何もできることがありませんでした。人は誰かの役に立っていると思えることが幸せなのだとその時実感しました。でもそんな何もできない私のために、たくさんの友人がお見舞いに来てくれました。
 入院するまで私は友達が少ない方だと思っていたのですが、看護師さんに「こんなに面会が多い患者さんはめずらしい」と言っていただけるくらい友人が会いに来てくれました。それがどれだけ闘病中の私を支えてくれたかわかりません。当時の日記にはこう書いてありました。「友達が遊びに来てくれるたびに“治りたい。治るんだ”という決意が強くなっていく気がする。やっぱり友達ってすごい!」
 でも嬉しい半面、友人に対して何もできず引け目を感じていました。そんなときに、ある友人からメールが届きました。そこには「(私の名前)が前向きでさすがだと思った」と書いてありました。このメールを見たときに、「自分は何もできないと思っていたけど、私が病気と向き合っていることで、友達に何かしら良い影響を与えられているんだ」と思い、嬉しくなりました。自分の周りの人に何かひとつでもプラスの影響を与えられるのであれば、「生きている価値、生きている意味」があるのではないか。そして、何の影響も与えない人は存在しない、だから「どんな人でもみんな価値のある人」なのだと気づいたのです。
 このメッセージを読んでくださっている方の中には、今、当時の私と同じような悩みを抱えていたり、今後生きていきたくないと思うほど辛い出来事に出会うことがあるかもしれません。そんなときには周りを見渡して、自分がどれほど周りの人に支えられているか、そして自分がどれほど周りの人を支えているかを少し考えてみてください。きっとそれまでより少し楽になれるのではと思います。
 23歳のときに5年後はもしかしたらこの世にいないかもしれないと思った私ですが、今では29歳になり、あと数カ月で移植後5年を迎えることができます。幸いにも職場に復帰でき、以前にも増して元気に楽しく過ごしていると、入院中にいつも感じていた「感謝の気持ち」を忘れそうになってしまいます。
 色々偉そうなことを書きましたが、このメッセージはこれからの自分への戒めにしようと思っています。「どうもありがとう」の感謝の想いを忘れずにこれからも日々前向きに過ごしていきたいと思います。
 最後になりましたが、このメッセージを読んでくださっている皆様のご多幸をお祈り申し上げます。どうもありがとうございました。

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箱根大涌谷にて

宮城順さん 全国横断啓発マラソンスタート!

 東京の会のイベントで元患者としてシンポジウムにも何回か出演していただいた宮城順さんが、骨髄バンク啓発のために全国各地のマラソン大会に挑戦中です。移植20年目の昨年、記念すべき最初の大会で初めて20㎞超えのハーフマラソンに挑みました。12月12日に国際青島太平洋マラソンを走った宮城さん本人の奮闘記と、地元宮崎でボランティアとして宮城さんの挑戦をサポートした、みやざき骨髄バンク推進連絡会議の中村福代さんのリポートを合わせてご紹介します。

●初挑戦!20年目の20㎞超 宮城 順
 骨髄移植から20年。全国各地のマラソン大会で骨髄バンクを啓発しながら走り回る全国走覇チャレンジが始まりました。より多くの人にドナー登録をしてもらうためには、今まで骨髄バンクへの関心が「0」だった人に、実際に患者だった私が骨髄バンクを啓発しながらマラソンを走っている姿を見てもらうことで骨髄バンクを身近に感じてもらい、骨髄バンクへの関心が「1」になればと考えこのチャレンジに踏み切りました。
 記念すべき最初の大会となったのは、宮崎県の国際青島太平洋マラソン。選んだ理由は、この日がちょうど骨髄移植が成功して無菌室を出られた記念の日だということと、移植から20年ということで20㎞超えにチャレンジしてみたかったので、ハーフマラソンでも制限時間がたっぷり用意されているこの大会を選びました。
 大会前日に宮崎入りをし、お世話になるみやざき骨髄バンク推進連絡会議の方々とお会いしました。みなさん宮崎の気候以上に暖かく初対面の僕を迎え入れてくれました。会場では前日からランナー受付を行っているので多くの人で賑わっていました。骨髄バンクのブースでも、骨髄バンク啓発ゼッケンを準備していたので私もちょっとお手伝い。受付を終えたランナーからは、「バンク登録していますよ。ゼッケンもらっていきますね。」「チームで来ているからみんなで着けて走りますよ。」と、嬉しいことに300枚あったゼッケンが全て無くなっていました。私も、少しでも骨髄バンクをPRするために「元白血病患者です」「骨髄移植でこんなに元気になりました」などのロゴや、ドナー登録の条件、闘病中の写真も貼り付けたTシャツや帽子を用意して出場しました。
 そして、いよいよスタートの時が。私にとって初のハーフマラソンです。ゴールできれば今まで完走した中では最長距離となります。今回の課題は終始笑顔でいること、元患者が辛そうに走っていたら周りの人を心配させてしまいますからね。病気の治療後といっしょで、同級生がどんどん先に行ってしまって、「自分も早く周りに追いつかなくては」と無理をしてしまうと体を壊してしまいます。自分のペースをしっかり保って、焦らず、ゆっくり制限時間を目一杯つかうことが、病気にもマラソンにも大事なことなのです。
 スタートから5㎞ほど、さすがにハーフマラソンともなると各ランナー走りこんできているようで、早くも独走状態に。10㎞マラソンだと最後尾争いはもっと賑わっているのですが、ハーフマラソンでは極わずかの人数でした。しかし、その分沿道の声援は独占状態で、啓発Tシャツや帽子も目に止まったらしく、「骨髄バンク頑張れ!」「マイペースでしっかり!」などの声援も沢山いただきました。
 そして、驚くべきことに沿道やすれ違うランナーの方から名前を呼ばれての声援もいただきました。「なんで名前を知っているの?」とびっくりしたのですが、みやざき骨髄バンク推進連絡会議の方々の働きかけで、大会前日の地元の新聞に私がマラソンを走る記事が掲載されていて、その記事を読んだ方々が声をかけてくれたのでした。マラソンの最後尾を走っていて楽しいのが、すぐ後ろを白バイやパトカー、救護班やリタイア収容バスに追っかけられること。白バイの方も何度も私の表情が苦しそうではないかをチェックしに来ていました。あまりにも苦しそうだとリタイアを勧められてしまうので、白バイが近づくたびに必死に作り笑顔でした。
 南国の景色は楽しく、気持ちよく10㎞を超えることができました。いつもならここで終わりだけれども、今回はハーフマラソン。これでもまだ半分来ていないのかと、ちょっと不安がよぎりました。私はとても膝関節が弱いので、しっかりテーピングをしていたのですが、それでも痛みが出てきてしまいました。後半は走るのを止めて早歩きで距離を稼ぐことにしました。この頃になると、フルマラソンの方も続々と合流してきて、コース上も賑やかになってきました。疲れの溜まってきた残り10㎞、ここで力をもらったのは、大会前日と当日に配った骨髄バンク啓発ゼッケンを着けてくれたランナーを沢山見かけたことでした。この大会で、初めて骨髄バンクへの関心が生まれた人もいるのでは?と、期待を膨らませました。
 そしてもう1つ力をもらったことがありました。後ろから追い抜いてきたランナーが、「頑張って!」と肩をポンっと叩いてくれました。「ありがとうございます」と横を向くと、なんとフルマラソンでゲストランナーのエリック・ワイナイナ選手でした。そして風のようなスピードで、あっという間に走り抜けていきました。五輪メダリストに声をかけてもらうというサプライズに、しばらく大興奮でした。
 マラソンも終盤。ランナーは美しい海岸線のトロピカルロードを走ります。心地よい潮風と、高校生ボランティアの声援を受けながらゴールのサンマリンスタジアムを目指します。私も必死に歩を進めていきました。しかし残りわずかというところで、疲労のピークに、両ふくらはぎと両足の裏の痙攣が出てしまい、ちょっとでも気を抜くと両足がつるという大惨事に。止まってストレッチをするものの、効果は一時的なもの。最後の2.3㎞は大きく時間を使ってしまいました。
 そして、やっとの思いでゴールへ。ゴール前では、みんなが横断幕を広げて待っていてくれました。最後はなんとか格好良くゴールしようと走り出そうとした瞬間、見事にふくらはぎがつってしまい、足を引きずりながらの格好悪いゴールとなりましたが、制限時間内に無事みんなが待つゴールに帰ってくることができ、喜びを分かち合うことができました。
 みやざき骨髄バンク推進連絡会議の方々には大変お世話になりました。とても楽しい時間を過ごさせていただきました。本当にありがとうございました。考えてみれば、私が白血病にならなかったら皆さんとは出会うことは無かったのですから、おかしく聞こえるかもしれませんが、皆さんと出会えるきっかけをつくってくれた白血病に感謝ですね。
 今回の国際青島太平洋マラソンで、今まで骨髄バンクに無関心だった人の中から「骨髄バンクってなんだろう?」と、1人でも骨髄バンクに関心を持ってもらえたら嬉しく思います。今後の全国走覇チャレンジは1月23日(日)に湘南国際マラソン10㎞部門(神奈川)。2月27日(日)に東京マラソン10㎞部門(東京)と続きます。全国を記録よりも記憶に残る走りで、より多くの人に骨髄バンクへの関心を持ってもらえたらと思います!

●宮城さんスマイル、宮崎に来たる!みやざき骨髄バンク推進連絡会議 中村 福代
 12月12日、宮崎総合運動公園をメイン会場に恒例の青島国際太平洋マラソンが開催されました。全国から1万2千人集まったランナーの中には、神奈川県から参加の宮城順さんの姿があります。私たち、みやざき骨髄バンク推進連絡会議は毎年この大会でPR活動をしていますが、今年は宮城さんの応援団も兼ねての参加です。大会前日の地元の宮崎日日新聞に【患者を勇気づけたい】と大きな見出しで記事になっていたのですが、切り抜きをテントの前にデカデカと貼り付けて通り過ぎる皆さんにもPRしました。
 宮城さんは走る前から地元のテレビ局の取材を受けられて忙しそうです。さぁ時刻は午前9時。いよいよハーフマラソンのスタートです。少し先でのぼりをパタパタさせて宮城さんを待ちます。来ました来ました【骨髄移植しました】とプリントされた黄色いTシャツを着た宮城さんの笑顔が目立ちます.
 行ってらっしゃい!ファイト!ゴールで待ってるからね!宮城さんは『行ってきます!』と余裕の笑顔でメイン会場を走り抜けて行きました。
 さてゴールが気になります…12時34分、ゴール2km手前で待ち構えていたメンバーの1人から宮城さんの姿が見えたとの連絡が入りました。よっしゃ!行くぞ!私はデジカメを持ちゴールの瞬間を狙います。ゴールに向かって走って来る宮城さんの姿が目に入りました。みんなが『ファイト!ファイト!』と声援を送ります。スタートした時と同じスマイル。すごいぞ宮城さん!
 多くの方が宮城さんの走る姿に感動をおぼえました。勇気をありがとう!生きていることに感謝ですね。
 宮城さんの移植から20年目の挑戦がスタートしました。これから全国に宮城さんスマイルが振りまかれるのですね。どうぞ皆様、応援声援をお願い致します。
 そして結局、応援に夢中になりすぎて宮城さんの走る姿を写せなかったので、今回の宮城さんのチャレンジのしめくくりにまた青島国際太平洋マラソンでお待ちしてますよ!

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地元TV局の取材に答える宮城さん

関東・甲信越地区ブロックセミナー開催

 12月12日、さいたま市市民活動サポートセンターで関東・甲信越地区ブロックセミナーが開催されました。参加団体は骨髄バンク命のアサガオにいがた、にいがた骨髄バンク応援団、とちぎ骨髄バンクを広める会、群馬県骨髄バンク推進連絡協議会、さいたま骨髄バンク推進連絡会、千葉骨髄バンク推進連絡会、神奈川骨髄移植を考える会と、東京の会の全8団体です。
 各地団体がそれぞれの活動報告を実施し、各団体の成果や課題について話し合いました。内容に関しては、ドナーリクルート活動についての話題が中心となりました。登録会開催における、自治体、イベント主催者、日本赤十字社との連携に、各地団体共苦労されているようです。県が主体的に活動してくれる県もあれば、会が主体的に活動している県もあり、それぞれの地域がそれぞれの担当者との関係づくりに苦悩されていました。
 また、実際に活動をしているなかでも、多くの課題があると報告されました。例えば、献血並行型登録会を開催した際に、日本赤十字社の業務はあくまでも献血であるため、ドナーリクルート活動が業務に妨げになると受け留められることもあるようです。もちろん、臨機応変に活動を積極的に支援してくださっているところもあるようで、その違いは担当者の裁量に左右されています。また、活動を続けていく中で、少しずつ担当者との交流も深まると同時に活動への理解も深まり、良好な協力関係に進展していくことも多いようです。
 東京の会でも今年度、都内7箇所の献血ルームでのドナーリクルート活動を実施しましたが、積極的に活動を受け入れてくださるルームや呼びかけも合わせて実施してくださるルームもあれば、ほとんど献血の呼びかけだけに終わってしまったルームなど、ルームによって大きな違いがありました。当然、ルーム毎に事情の違いはあるものの、日赤担当者に、もう少しご理解いただけたらと残念に思うこともありました。東京の会としても、担当者との良好な関係づくりに努め、ドナーリクルート活動でも大きな成果をあげられるようにしていきたいと思います。 (保居 範昭)

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東京ドナー登録会予定(1月)

1/11(火)足立区役所(足立区)
1/12(水)日本橋たもと(中央区)
1/12(水)足立区役所(足立区)
1/13(木)池袋警察署(豊島区)
1/13(木)足立区役所(足立区)
1/14(金)足立区役所(足立区)
1/14(金)日赤本社(港区)
1/15(土)ぽっぽ町田(町田市)
1/18(火)赤羽駅東口(北区)
1/19(水)文京シビックセンター(文京区)
1/26(水)晴海トリトン(中央区)
1/26(水)都庁第一本庁舎5階レセプションホール(新宿区)
1/27(木)晴海トリトン(中央区)
1/27(木)都庁第二本庁舎1階 二庁ホール(新宿区)
1/28(金)晴海トリトン(中央区)
1/28(金)都庁第二本庁舎1階 二庁ホール(新宿区)
1/31(月)練馬区役所(練馬区)

心のこもったご寄付ありがとうございました。(2010.11.16〜12.15)

菅野 弘子さん 42,000円/小松 美穂さん 7,000円/澤中 一恵さん 2,000円/平岩 宏司さん 2,000円
大野 寿子さん 1,000円/河村 朝子さん 5,000円/石坂 直美さん 3,000円/相塚 光子さん 5,000円
牧野 昇さん 3,000円/大貫 洋二さん 10,000円/及川 耕造さん 3,000円/八戸 信昭さん 1,000円
白水 豊さん 2,000円/杉山 智恵子さん 1,000円/板橋 一郎さん 3,000円/錦織 三枝子さん 2,000円
栗本 孝雄さん 3,000円/末永 善明さん 10,000円/土屋 虎雄さん 7,000円/南川 英則さん 5,000円
中野 義樹さん 7,000円/横倉 絢さん 3,000円/手塚 春江さん 7,000円/遠藤 供子さん 2,000円
山﨑 治夫さん 2,000円/岩尾 啓一さん 3,000円/丸尾 悦子さん 10,000円/匿名 1,122円/
サンクト懇親会有志 10,350円/ノーレート麻雀ネットワーク ニューロン 100,000円/匿名 20,000円

お寄せいただいたご寄付のうち、会費未納の会員からは会費(年3,000円)を差し引いて掲載させていただきました。

◆編集者雑記◆

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▼この表をご覧ください。埼玉県内血液センター献血ルームでのドナー登録数の推移です。8月と9月の登録数を比較してください。合計で5倍に飛躍的に伸びています。川越ルームは一挙に10倍!しかもその後も毎月右肩上がりで伸びています。12月12日に開催された関東・甲信越地区ブロックセミナーの経験交流の場で、各地ボランティアからの報告の中で、埼玉骨髄バンク推進連絡会が作成した資料に掲載されていました。
▼なぜこんなに、急にドナー登録数が増えたのか?それは、各献血ルームにドナー登録説明員が配置されたからです。埼玉県の緊急雇用創設事業の業務委託対象団体として、埼玉骨髄バンク推進連絡会に白羽の矢が立てられました。受託するには説明員の雇用から給与の支払い、雇用保険、厚生年金・健康保険等の社会保険の手続きなど、大変煩雑な作業をおこなわなければなりません。タイミング良く、会の会長、笠原さんが定年退職で時間ができたことと、副会長、木村さんの積極的な行動力で、この「骨髄バンクドナー登録推進事業業務委託」を受託することとなったそうです。
▼過去、説明員が献血バスと行動を共にしてドナー登録を呼び掛ける例はありましたが、今回は献血ルームに説明員を毎日派遣する事業です。初めての試みを成功させるために、事前に十分に計画を練り準備を進めて臨んだとのこと。各献血ルームにも事前に訪問し説明員の役割やどこで呼び掛けをおこなうかなど、血液センターの責任者とも話し合いをおこないました。
▼ネックになったのは、説明員がいつドナー登録の呼び掛けをおこなうか、です。血液センター側は当然のこととして献血の邪魔にならないように、献血がすべて終了してジュースを飲んで休んでいるときにしてほしいとの要求を出してきました。でもそんなタイミングから再度採血をお願いするなんて、ドナーに対して負担を掛け過ぎで到底納得できないと反発し、この部分だけは譲ることなく、「受付終了後の事前検査に入るまでの時間を利用して」という覚書まで取り交わし、採血前の呼び掛けが実現したのでした。
▼献血ルームに派遣する6人は、全く経験のない一般の方をハローワークで公募して、面接をして選び出した人達です。その後骨髄バンクを理解する勉強会や説明員資格の取得研修会を重ねて、9月17日から実際に配置されました。ボランティア経験のない方々なので最初は戸惑ったり、声を掛けるのに躊躇したりと慣れるまでの苦労はあったようですが、数字が示すとおり、今ではドナー登録増大に大きく貢献しています。また献血ルームの日赤職員との良い関係も築き始めているとの嬉しい報告もありました。
▼埼玉県側は、この登録数の実績を見て、次年度も継続して業務委託する方向で進めているようです。たった28日間で昨年1年間の登録数に匹敵するだけのドナー登録者があった訳ですから当然だと言えます。献血ルームでのドナー登録呼び掛けが、有効な手段であることを再認識させられます。
▼東京の会でも昨年1年間、献血ルームでドナー登録の呼び掛けをおこないました。日赤職員とも顔見知りとなり、50名のドナー登録も実現しました。2011年もこの経験を生かし、埼玉の会の例にならって、献血ルームでのドナー登録拡大を地道に行っていきたいと思います。 (A)

20周年記念イベント「プロジェクトX」上映&講演会
ドナーに感謝!「あなたがいたからボクは生きている!」

 11月20日、港区芝浦の田町交通ビル6階ホールで、東京の会設立20周年記念イベント「決断!命の一滴 ~白血病・日本初の骨髄バンク~」が開催されました。
 まず初めにNHK製作の「プロジェクトX 決断!命の一滴」DVDが会場で上映されました。8年前にテレビで放映された番組ですが、あらためて今、全編をゆっくり見ることができました。骨髄バンクを設立しようとした大谷貴子さんの強い思いと、森島先生やその他医療関係者の努力、そして何より患者さん本人やその家族、回りの人達の現状を打開しようという真っ直ぐな気持ちが伝わってきて、再び心に迫るものがありました。今までに無いものを作るという気の遠くなるような道のりを、いろいろな反対や非難を浴びながらも地道に、あるときは強力に推し進めた努力にあらためて敬意を表したいと思います。
 上映の後、当人の大谷貴子さんが盛大な拍手の中、舞台に登場しました。自分の病気・闘病・母親からの骨髄移植を経て、生還したことへの思いや、残念ながら亡くなってしまった園上さおりさんへの思い、当時の状況を本人の口から聞くことができ、その熱い思いと困難に立ち向かう姿勢に感動しました。骨髄バンクが存在する現状が、いかに恵まれているのかにあらためて気付かされました。
 その後スペシャルゲストの原千晶さんが大谷さんから呼ばれ、舞台中央に立たれました。数日前に、自身の子宮ガン闘病をマスコミを通してテレビの生放送でカミングアウトしたばかりで、その体験を聴衆の前で披露するのは初めてのことであり、緊張の面持ちで近況を報告されました。子宮頸ガンと診断されたのは30歳のときで、少しの細胞を摘出して症状がなくなりましたが、その後再び体調が悪化し、今度は子宮体ガンになり、調子がいいからと病院での定期検診をサボっていたことを大変後悔した、そんな体験から、子宮頸ガンについて今後広く知ってもらうための活動を続けていきたい、と、6年に渡るガンの治療とその間のご自身の気持ちや思いの変化を時々涙を浮かべながら会場に語りかけてくれました。
 2人の話の後、骨髄移植を受けて元気になった荒井daze善正さんと宮城じゅんさんも舞台に上がって、闘病の体験談を語ってくれました。プロスノーボーダーの荒井さんは、プロとして独り立ちした矢先に慢性活動性EBウィルス感染症を発病、100万人に一人と言われる難病にも負けずに、再びゲレンデでプロとして復帰することを目標に治療に耐えました。骨髄バンクでドナーが見つかり、移植を受けて今ではまたゲレンデに立つことができました。dazeの愛称は、オリンピック代表の國母和宏さんが名付け親で、國母さんは荒井さんのために治療費の募金活動を先頭に立っておこなってくれていたそうです。
 もう1人の元患者、宮城さんは7歳の時にお兄さんより骨髄移植を受け今年で20年、新しい命をもらってからの成人式です。いのちを長らえた今、体力をつける意味でもマラソンを始め、自身が骨髄移植で元気になって病気を克服したことを広くみんなに知ってもらいたくて、マラソン大会に出場する時には胸に大きく「骨髄移植しました!」と書いたTシャツを着て、沿道のみんなに目立つように走り続けているとのことでした。
 2人とも「今いのちがあるのも、大谷さんが骨髄バンクを作ってくれて、そしてドナーがいたから。その他ボランティアや医療関係者など皆さんのおかげです。
心から感謝すると共に、今闘病している全ての患者さんに生きる希望が持てるように、さらにドナーが増えるよう、できる努力をおこないます!」と、力強く訴えられました。
 また、客席の中からも移植を受けた患者さんが、ドナーはもちろん骨髄バンクの設立や運営に携わっている全ての人に感謝している、その事を今日会場にいる方々に一言伝えたかった、と手を挙げてご挨拶して下さいました。
 大谷さんに突然呼ばれてステージに上がった、ご主人がドナー経験を持つご家族や、東京の会保居事務局長のドナー体験談など、あっという間の2時間半でした。本当は、もっともっと大勢の聴衆の前で披露したい、とっても素晴らしい内容でした。今後は「出前講演会」などの形をとり、人が集まる場所へ出向いておこなうイベントを企画することが重要だと痛感しました。 (若木 換)

●参加した聴衆の声
 感動しました! NHKで出演した人が目の前で話してくれて、思いもよくわかって、良かったです。患者さんからの生の闘病の様子や思いも直接聞けて心にひびきました。原千晶さんの訴えも良かったです。大谷貴子さんは、話が上手で乗りも良くて、むちゃ振りの得意な、本当に面白い人ですね!感動しました!

●裏方から見たプロジェクトX
 東京の会設立20周年記念イベントが開催されました。当日は裏方作業のため、席でゆっくり皆さんのお話を聞けたわけではないのですが、非常に有意義なイベントとなりました。
 「プロジェクトX 決断命の一滴」では、作業モニターを見ながら目頭が熱くなりました。私自身、鑑賞するのは2度目でした。1度目は、ドナーとして骨髄提供をする際の確認検査をしたころだったと思います。そのころは、ドナーになるワクワク感に満ちていました。また、最終同意を前に改めて自分が何をするのかを両親に説明できるよう、骨髄移植やドナー体験記、患者さんの闘病記を読み漁っているところでした。親は心配するだろうから、ちゃんと理解することが自分の責任だと考えていたためです。ただ、骨髄バンクができた歴史や患者さんの思いを知れば知るほど、「今はバンクがある。自分は絶対にドナーになる!」という思いが強くなって行きました。
 2度目を見た今回も、改めてはっとさせられました。「ふつうのお嫁さんになって、ふつうのお母さんにになって、ふつうのおばあさんになって、ふつうに死にたい」このような思いで亡くなっていった患者さんがいたのです。「ふつうの……」という言葉が映像になって流れるたびに、「まだ全ての患者さんに骨髄が行き渡っているわけではない!こんな思いをする人が居なくなるように、頑張ろう!」と決意を新たにしました。
 プロジェクトXの上映も終わり、スクリーンの幕上げも完了し、イベント中の裏方作業が終わったのでほっとしていたところ、ドナー経験者の奥様として、佐々木さんが舞台に呼び出されていました。予定に無い出来事です。出ました。大谷さんの必殺技「ムチャ振り」です。裏方もほっとしていられません。大谷さんのムチャ振りに、裏方として最大限のパフォーマンスを発揮したのもつかの間、「次は東京の会の保居さんに話を聞いてみましょう」という、大谷さんの声が聞こえてきました。次のターゲットは私でした。その後のやり取りは、必死だったのでよく覚えていません。プロジェクトXを見て、いろいろな思いが強くなりすぎていたんだと思います。でも、そこはさすが大谷さん、うまくフォローしてくださいました。あやちゃんカレンダーが好評発売中ということも、告知できました。
 イベントの参加人数は少なく、準備不足もあった課題の多いイベントにはなってしまいましたが、次の20年につながる記念イベントになりました。でも20年後には、特効薬ができて骨髄バンクが解散しているというのが理想ですね。 (保居範昭)

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大谷貴子さん

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左から大谷さん、荒井さん、原さん、宮城さん

平成22年10月末日現在 登録・適合状況

日本骨髄バンクの登録患者と検査済登録ドナー(平成22年10月末日現在)
―――――――――――――――――――――――――
      ドナー(全国) ドナー(東京) 患者(累計)
―――――――――――――――――――――――――
登録者総数   372,433     52,860   31,393
10月登録分    4,497      403     188
10月抹消数    953      117     -
実質登録増    3,539      286      -
―――――――――――――――――――――――――

患者とドナーの登録・適合状況(10月末日現在)
ドナー登録受付者数(累計)    481,785人
ドナー登録抹消者数(累計)    109,352人
有効二次検査済ドナー数     372,122人(10月3,548人増)
二次検査適合ドナー数(累計)   231,449人
実質登録患者実数(現在)      2,813人(国内1,400人)
HLA適合患者数(累計)       25,539人(患者累計数の81.4%)
非血縁移植実施数         12,324例(10月実施120例)

骨髄バンクチャリティコンサート
ピアノ三重奏の夕べ

 11月10日、昼間は新宿モノリスで、夜はめぐろパーシモン小ホールにて、サンクト・フローリアンピアノ三重奏団によるチャリティコンサートが開催されました。夜の部は200名の客席に対して観客数95名と、演奏して下さる方には申し訳ない、ちょっと寂しい結果でしたが、来場された方には充分ご満足いただけたと思います。
 このチャリティコンサートを続けて下さる三重奏団の皆様に、深く感謝したいと思います。

●オフィスビルに響く音色
 11月10日曇り、この日は19回目を迎えるサンクトフローリアンコンサートの昼の部で、新宿モノリスビル1階のアトリウムに美しい調べが広がりました。
 サンクトフローリアンのメンバーによるこのコンサートを私たちはとても楽しみにしていますが、ビルに出入りするビジネスマンやウーマンはお昼休みでさえも心のゆとりがないのか、始まったときは演奏者に申し訳ない程に空席が目立ちました。しかし心配は間もなく不要になりました。美しい音色にひかれて、空席は埋まり、皆さん演奏に聞き入りました。
 ベートーヴェンのピアノ三重奏第5番は私には初めて聞く曲でしたが、第2楽章のガイスター(幽霊)をイメージしたという部分がちょっと怖いようなそれでいて神秘的なものを感じました。
 アンコールに演奏して下さる『からたちの花』はいつにも増して美しくそして心に沁み入るもので、すぐそばで聞かせて頂き涙が出そうでした。
 トリオの皆さんありがとうございました。 (中谷光子)

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昼休みのオフィスビルに響く音色


●今年も素敵な音楽に包まれました
 サンクト・フローリアントリオの皆様、19年という長い間、お忙しいスケジュールをやり繰りしてチャリティーコンサートを続けてくださりありがとうございます。骨髄バンク活動に熱い思いをお持ちの皆様は音楽を通して、いつも私たちに勇気と力を与えてくれます。そして素敵な音楽で私たちをやさしく包み込んでくれました。
 日頃、音楽に殆ど馴染みの無い私は、クラシック音楽の中でピアノ三重奏曲はさらに馴染みがありませんでした。そんな私ですが、聴いたことの無い曲でも、ピアノ、バイオリン、チェロのすばらしい演奏で、それぞれの音が見事に融合し、絶妙なバランスで奏でられるメロディーはスーッと心の中に入ってきます。そして心地のよい音楽の世界へ引き込まれます。
 生演奏の迫力、素敵な音色、このコンサートをもっと多くの方々に聞いていただけたらいいなあと思いながら聞いていると、あっという間に終了時間となってしまいました。素晴らしい演奏に惜しみない拍手とアンコールの拍手、今年のアンコールは2曲、聴き覚えのある曲の演奏で終わりました。
 ミニシンポジウムでは、骨髄移植を受け、壮絶な闘病生活を戦い抜き元気になられた元患者さん、ドナー経験者の方々が登壇し「白血病になって、人の優しさや多くの人に支えられて生きていることが分かったので、病気になってよかった」「自分たちが元気でいることで一人でも多くの方に病気は治るということを知ってもらいたい。」とのメッセージに感動し涙が出ました。また「一人の人が一人の患者さんを救うことが出来る骨髄バンク活動を多くの人に知ってもらいたい」と力強く熱い心が伝わってきました。
 19年間続くチャリティーコンサートの開催には、縁の下から支えてくださるボランティアの皆様の力があればこそ、本当にいつもありがとうございます。コンサートが終わり後片付けも終了した後は、ほんのちょっとお手伝いしただけの私も仲間に入れていただき、インド料理のお店でトリオの皆様とともに懇親会、大いに盛り上がりました。
 日頃縁のない優雅で素敵なひと時を過ごすことが出来ましたことに改めて感謝いたします。 (名川一史)

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心のこもったご寄付ありがとうございました。(2010.10.16〜11.15)

池田 文枝さん 5,000円/円満堂 和子さん 1,000円/サンクト・フローリアン三重奏団 10,000円
ライオンズクラブ国際協会330-A地区 献血・骨髄移植推進委員会 163,347円/峯岸 幸子さん 3,000円
東京マリーンロータリークラブ 215,437円/学校法人花田学園理事長 櫻井 康治さん 10,000円
岸 康彦・清子さん 20,000円/石坂 直美さん 2,000円/衣川 千代子さん 2,000円/堀 雅子さん 10,000円
西郷 京子さん 10,000円/武田 みち子さん 3,000円/支倉 美穂さん 3,000円/宮田 信男さん 30,000円
清水 勝利・恭子さん 10,000円/匿名 3,000円/一石 靖江さん 1,000円/大谷 貴子さん 5,000円
お寄せいただいたご寄付のうち、会費未納の会員からは会費(年3,000円)を差し引いて掲載させていただきました。

まちだ献血ルームcomfyにて献血・ドナー登録協力活動

 東京の会通信読者の皆さん、こんにちは。志村大輔(慢性骨髄性白血病4年、グリベック治療中)です。東京の会の活動には久しく参加できずにいたのですが、今回、自宅近所の献血ルームでドナー登録の呼びかけを実施するということで午前の部だけですが行って来ました。
 場所はJR横浜線と小田急線が交差している町田駅です。駅の南側には境川という川があり、それを渡ると神奈川県です。私は神奈川県側の相模原市に住んでいます。境川にはサギやカワセミ、カワウなどの野鳥もいます。あとスッポンその他のカメ、鯉なども。私が子供の頃、30年ほど前は汚い川だったのですが随分とキレイになりました。
 11月も下旬なのでそれなりの寒さは覚悟していましたが、当日11月21日は暖かく、外でずっと立っていても冷え切ってしまうこともなかったです。午前の部の成果は3人、献血ルームに来ていた人数の割には多かったのかなと思います。もっとも街は午前中ながら相当の人出だったので、潜在的なドナー登録者はもっといたかもしれません。その中の何人かの記憶に留まっていれば有難いです。
 それではまた。2011年が皆さんにとって素晴らしい年になりますようお祈り申し上げます。(志村大輔)

 11月21日、まちだ献血ルームcomfyにて献血・ドナー登録協力活動を行いました。東京の会20周年記念事業の一環として、4月の銀座協会集団登録会を皮切りに都内7ヶ所の献血ルームで順次行ってきた協力活動も、今回が最後です。参加したボランティアは全部で7名で、私は午後からの参加でした。
 町田はデパートやファッションビル、飲食店や家電量販店など、新宿や渋谷で見かける店が数多く進出しており、大変にぎやかな町です。JR横浜線と小田急線の乗り換えに、一度改札を出なければならないこともあって、駅のまわりは途切れることなく大勢の人が通ります。
 飲食店やゲームセンターのティッシュを配る店員さんが目の前を行ったり来たりする中、献血ルームの職員の方に「ここで」と指定された場所で、献血とドナー登録の呼びかけを行いました。
 通行する人の年齢層は、わりと若い人が多く、今は遊びに夢中かもしれませんが、大きな声で呼びかければ「骨髄バンク」という言葉が耳に残るかもしれません。献血ルームでドナー登録できる、ということもたくさんの人にアピールできたと思います。
 結果は、6名の方にドナー登録していただきました。一連の協力活動でのドナー登録者累計は、これでちょうど50名になりました。今回の協力活動で築いた日赤や献血ルームとの関係を生かして、これからもこのような協力活動を、東京の会の活動のひとつとして継続していければと思います。 (福永達子)

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今年もひまわりバザーに

  11月14日に「ひまわり地域交流祭&大バザー」が開催され、東京の会も参加しました。このバザーは東京の会代表の三瓶さんが理事長を務められている、社会福祉法人三鷹ひまわり会が地域交流と自主財源づくりのため開催しているものです。
  東京の会では、あやちゃん展と物品販売を実施しました。あやちゃん展では学生らしき二人組が熱心に見入り、ドナー登録用紙の入った「チャンス」を手に帰って行きました。また、あやちゃんカレンダーも合わせて販売し、「この絵のファンなの」とおっしゃって購入されていく方もいました。物品販売では、衣料品や、ananの「2010年、女子が選んだおとりよせ大賞」で準グランプリにも輝いた「月のチーズ」などを販売しました。「月のチーズ」は毎年恒例となっているため、固定ファンも存在し、上々の売れ行きとなりました。
  東京の会はひまわりバザーに毎年参加しています。このように毎年参加することで、認知度が徐々に上がるということもあると思います。来年7月からは、ACジャパンによるテレビCMも再開になります。登録者を増やすチャンスです。これからも普及啓発活動に尽力して行きたいと思います。(保居範昭)

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「あやちゃんの贈り物カレンダー」絶賛販売中!


 すでにお知らせしていますとおり、東京の会設立20周年を記念して「あやちゃんの贈り物2011年カレンダー」を作成しました。あやちゃんの絵を使う大判のカレンダーは、10周年記念に続き2回目です。前回は、あやちゃんの画集や水彩画などの代表作を中心に選別しましたが、今回の2011年版では、あやちゃんが残した8000枚の絵の中から、色鉛筆で色彩が施されている未発表のものを使用しました。
 三瓶家では、あやちゃんのお部屋にまだ沢山の絵が残されています。その絵の山の中から1枚1枚チェックして、パステルカラーの繊細な絵を選びました。1枚づつ見返してゆくと、表現の素晴らしさやキャラクターの可愛さ、絵の上手さに思わず選ぶ手が止まってしまい、時間がかかることかかること!手分けして選んだ後は、最終的に使う絵を選別するのにまた一苦労!そんな、時間をたっぷりかけた、本当に素晴らしいカレンダーができあがりました!
 実はこんなに素晴らしい出来ばえなのに、まだまだ在庫が沢山あります!みなさんの目に焼き付けていただきたい「あやちゃんの贈り物カレンダー」絶賛販売中です!どうかみなさん、ご協力よろしくお願いいたします!
 企業のみなさん、会社のイメージアップにいかがですか?
 ボランティア団体のみなさん、「あやちゃんの贈り物展」で見た、あのあやちゃんの未発表の絵が、1冊の素晴らしいカレンダーとなって1年間お部屋を飾ります。お知り合いにも是非お勧め下さい。
 ご注文は東京の会事務局まで電話かFAXでお願い致します。

故郷を飾るあやちゃんカレンダー

 私の故郷である「芝桜の里」北海道滝上町で、同級生の友人たちが、町の人たちを訪ねながら「あやちゃんカレンダー」100本の普及活動をしてくれました。人口4000人足らずの街で、驚きの一言です。カレンダーを持って町を回った同級生は、私への連絡の中で「アンタのこと、買ってくれた方たちがよく覚えていてね……」と、感慨深い報告をしてくれました。
 冬枯れの季節、間もなくこの町にも雪が降り積もり、白一色に変わり、来年5月には山いっぱいの芝桜が、町を見渡すように咲くでしょう。 (三瓶和義)

東京ドナー登録会予定(12月)

12月12日(日)しゃれなーど前駐車場(世田谷区)
12月15日(水)赤羽駅東口(北区)
12月18日(土)池袋駅東口(豊島区)
12月24日(金)LaLaテラス南千住駐車場(荒川区)

♪「12月定例会」/1月会報発送「おりおり」 のお知らせ♪

東京の会「12月定例会」のお知らせ
12月18日(土)午後5時30分より
会場:全労済東京・レインボー会館3階会議室
※新宿駅下車7分(新宿区西新宿7-20-8)
※西新宿駅下車1番出口徒歩2分
青梅街道新宿警察署きらやか銀行の角入ってすぐ右側
※1月定例会予定・1月15日(土)午後5時30分より
定例会は 毎月第3土曜日午後5時30分 から開催しています。

1月会報発送「おりおり」のお知らせ
1月8日(土)13時00分より
※13時までは品川運輸さんが使用されています。13時以降にお越し下さい。
場所:品川運輸・4階会議室(品川区東大井2-1-8)
JR大井町駅徒歩8分・京浜急行鮫洲駅徒歩2分
※今お読みになっている「東京の会通信」を約1000部
折って封入して発送します。簡単な誰にでも出来る作
業です。いつも人手が足りません。どうかご協力を。
※2月「おりおり」予定・2月5日(土)13時00分より

新しい方大歓迎です。お気軽においで下さい。お待ちしています。

◆編集者雑記◆

▼一年の経つのは早いものです。今年の東京の会を振り返ってみました。箱根駅伝の応援は9年目を迎えました。これは沿道にたくさんの骨髄バンクの幟旗を立て、走っている選手を応援すると同時に、実はTV中継を通して、お正月を病室で過ごされる患者さんや闘病中の患者さんを応援する目的で始めたものです。
▼毎年4月に行なってきた銀座教会でのドナー登録会も今年で9回目ですが、こちらは年々登録者が減り、昨年と今年はとうとう1桁になってしまいました。現在、ドナー登録者の多くは献血並行登録によるものが多く、献血ルームとの協力を強化する取り組みも始めました。
▼定期総会では、同日開催した患者交流会が昨年に引き続き好評で、患者さんに喜んでもらえたことと、東京の会会員にとっても患者さんと直接顔を合わせて会話をすることで気づかされることも多く、良い出会いと有意義な時間を持つことができました。
▼お祭りシーズンとなる9月には、新宿熊野神社例大祭で地元商店会の方々と、品川宿場祭りでマリーンロータリーの方たちの支援を受けながら、地元密着型のPR活動を積み重ねてきました。11月に行なわれたサンクト・フローリアンピアノ三重奏団によるチャリティコンサートも19回目となり、三重奏団の皆さんにただただ感謝の気持ちです。そして今年、東京の会は発足20周年となり、数々の記念事業を展開中です。
▼その反面、元財団職員がボランティア団体を訴えた裁判は、敗訴という悲しい結末で幕を閉じました。その公益法人である財団は事業仕分けの対象になり、全国全てのさい帯血バンクは赤字経営で運営を続けています。そして10月からは、日本でもようやく末梢血幹細胞移植が始まり、コーディネーターや地区普及広報委員の対応にも変化が求められています。11月12日には名古屋で、「造血細胞移植におけるQOLとチーム医療を考える会」が最終回を迎えました。15年に渡って、命を救うだけはなく、人生そのものを救う医療を考えることから、さらに“Long-Term Follow-Up研究会” として、長期生存者の今後を考える会になります。造血幹細胞移植医療を取り巻く環境は大きな転換期を迎えています。
▼どのイベントでも、中心となって活動しているのはベテラン会員で、時には平均年齢が70歳以上という時もあります。骨髄バンク創立当時からの熱い想いを持った会員が高齢化し、後に続き中心となるべき30代、40代の会員は働き盛りのサラリーマンが多く、なかなか思うように活動に参加できないというのが現状です。現在中心となって活動しているメンバーは、白血病などでご家族や職場の仲間を失い、悲しみを胸に秘めて活動している人や、患者さん、元患者、ドナー経験者など、骨髄移植や血液難病に関わりを持った人たちが中心です。
▼最近ボランティアが増えないのは、骨髄バンク設立から20年の歳月のなか、移植により「治る」人も増えてきて、以前のように無念さを感じたり、悲しい思いをする人が少なくなってきたからでしょうか。骨髄移植という治療法が特別なことでなく、幸せな時代になったことの証かもしれません。
▼しかし、ドナーを待ち続けながら亡くなっていく患者さんがゼロになったわけではありません。ドナー登録者は年々増えていますが、高齢化社会に向かう我が国で、その数を維持していくことは大変なことです。医学の進歩によって、いつか、安価な薬で治せるようになる日が来ると願いつつも、それまでは患者さんはドナーを待ちながら病気と闘い続けなければならないのです。
▼20数年前に白血病でこの世を去った中学生の少女の作文には、こう記されていました。「ふつうの高校生になって、ふつうのお母さんになって、ふつうのお婆ちゃんになって、ふつうに死にたい」時代や移植医療の環境が変わろうとも、決して忘れてはいけない思いがそこにはあると思います。
▼骨髄バンクがなかった時代を思い、バンクができた後もドナーが見つからずに亡くなる患者さんを一人でも減らそうと頑張ってきたボランティアですが、今後新しい移植医療の体制を作らなければならない時代に、ボランティアの役割と必要性を考える時にきていると思います。 (I&T)

About 2011年02月

2011年02月に「東京の会通信」に投稿された記事です。

先月号は2010年11月です。

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