骨髄バンクはボランティアに扉を閉ざしていないか
財団法人骨髄移植推進財団が発足して15年が過ぎようとしています。15年というと長いといえば長く、短いといえば短い歳月です。骨髄移植が白血病など血液難病の根治が期待できる治療法であることが分り、患者や患者家族の人たちが骨髄バンク設立を願って全国骨髄バンクの早期実現を進める会(進める会)が1987年に発足し、関係機関への陳情を始め、これに前後して日本各地でボランティア団体が立ち上げられました。紆余曲折を経て1991年12月に財団法人骨髄移植推進財団としてわが国の骨髄バンクが誕生しました。
骨髄バンクの機能は単に医療関係者が係わればことが済むのでなく、大きな総合的社会的システムのバックアップを必要とするものであり、骨髄バンクの歴史はそのバックアップシステムの充実を進める歴史であったといっても過言ではありません。そして、まだそのシステムができ上がったとはいえない状況にあります。
厚生労働省、日本赤十字社、骨髄バンク、自治体がそれぞれ骨髄移植推進について役割を分担する方式で発足したため、それぞれの組織での考え方と取り組みに温度差が生じ、隙間が生じざるを得ませんでした。最近、厚生労働省が骨髄移植推進のリーダーシップを強く発揮し、どちらかといえば、足並みが揃っていなかった日赤、骨髄バンク、自治体の分担関係の改善を進め、ようやく方向づけが決まってきたように思われます。
ここまで進んできた陰には、日本各地の骨髄バンク支援のボランティア団体が関係機関への理解を求め、また地道に隙間を埋める活動があったのです。
ボランティアの活動は骨髄移植が適応し、それを希望する患者さんが誰もが等しく受けられるよう、ドナープール拡大への普及広報とドナーの安全の確立、移植成績向上への働きかけ、医療費の保険適用による患者さんの自己負担金軽減など患者さんへの支援努力が中心です。
財団へのボランティアのかかわりは、ボランティアの有識者が財団発足当時から各種委員会等に参加し、またフォーラム等での意見交換の場を通じて、財団の企画に検討段階から率直な意見具申をすることにありました。ところが2005年度になって、委員会の廃止あるいは任期満了による委員の交代によりボランティア出身者の委員等への選任が激減し、財団の運営活動への参画の場がほとんどなくなったため、財団の動きはわたしたちボランティアにとって「ブラックボックス」のような感じになっています。
ボランティアの財団運営参加についてはメリット、デメリットいずれもあったことと思います。しかしながら、骨髄バンクを支援するボランティアは、骨髄提供経験者やドナー登録の現場において登録者と直接に接して、その声を聞いている説明員の人たち、また治癒した患者さんや患者さんの苦しみと喜びを、直接体感した患者家族が経験を踏まえて、財団への改善の要望を出してきたのです。多少の行き過ぎや的外れがあったにしても、財団運営にとってボランティアの存在は企業の社外取締役や社外監査役の役割を果たし、財団のコーポレート・ガバナンス維持に役立ってきたのではないでしょうか。
コーポレート・ガバナンス、すなわち組織がその設立目的に沿った活動を、適正かつ適法に行うための組織コントロール機能が壊れてしまった組織に、自壊の恐れがあることは、最近の経済界の実例が如実に示しています。
骨髄バンクには従来どおりボランティアをその運営活動に活用し、一日も早く、ドナー登録30万人の目標を達成して、骨髄移植が適応しそれを希望する患者さんには、平等にかつ適時にまた患者負担金をさらに軽減して、骨髄を提供できる体制を整えて欲しいと願っています。 (新田恭平)



