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第212号2009年12月1日号

2010年02月14日

今年も心に響いた
サンクトフローリアンコンサート

●サンクトフローリアン ピアノ三重奏の夕べ
 サンクトフローリアンのお三方による今年の演奏会は、11月13日新宿角筈区民ホールで開催されました。生憎の冷たい雨がふりしきる悪天候で、そういえばこの日は13日の金曜日だと思いつつ会場に向かいました。
 しかし、演奏が始まってみればそんな懸念はどこへやら、ベートーベン、コープランドそしてシューベルトの曲の熱演に生きていることの素晴らしさを改めて感じさせていただきました。アンコールはいつもの「からたちの花」、これを聞くといつも涙が流れてきて困ります。
 ヴァイオリンの三戸さんのお話では、このチャリティコンサートも18年目になるとのこと、今回も幕間には中谷さんの司会によるミニシンポジウムが開催され、患者、ドナーのお二人が時にはユーモアをまじえたお話をしてくださり思わず笑みがこぼれました。
 会場入り口には、昨年に引き続いて千葉の中澤さんが届けてくださった素晴らしいバラが展示され、観客の皆さんが次々と買ってくださったのもうれしい眺めでした。観客数はあの雨の中140名に達したとのこと、本当にありがたいことでした。
 この演奏会がこれだけ長い年月を休むことなく続けられてきたのは、演奏のお三方の熱意が第一、そして、同時に東京の会のみんなの思いがこめられてこそと実感しています。サンクトフローリアンの皆さん、そして準備と実施に努めていただいた東京の会の皆さん、本当にありがとうございました。 (及川耕造)

●高層ビルの昼休み
「ピアノ三重奏の夕べ」の演奏会当日は、こちらも恒例、新宿で「昼休みチャリティーコンサート」を開催しました。
 新宿モノリスビル1階アトリウムを特別の取り計らいでお借りし、オフィスのサラリーマンに憩いのひと時を提供し、骨髄バンクの普及啓発もおこないました。サンクトフローリアンの三戸素子さんが、これまでの骨髄バンクとのつながり(親友が骨髄移植後亡くなった)を説明するとともに、骨髄提供への協力を訴えました。曲の最後は「からたちの花」が演奏され、100枚のプログラムをすべて配布してコンサートは終了しました。
 来年もまた、新宿都庁のすぐ横で、素晴らしい演奏を奏でることができるよう東京の会はがんばります!(若木換)
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骨髄バンクチャリティー麻雀大会

 11月3日(文化の日)、山口明大さん(元患者)が主催する、骨髄バンクチャリティー麻雀大会が、銀座通りに面したカルチャーセンター柳で開催されました。6回目を迎えた今大会には、60名が参加し、バンクPR&チャリティー競技麻雀で楽しい一日でした。
 過去この大会に参加し、ドナー登録をした高柳さんから投稿いただきましたのでご紹介します。
 ちなみに東京の会事務局長は、60名中58位の成績でした。残念。

■麻雀を通して得たもの、変わったこと 高柳 真也
 私には学生時代に秘かに思いを寄せている女性がいて、その人にこんなことを言われました。「高柳君って麻雀やらなければいい人なのにね。」
 その言葉はトラウマになり、私は麻雀をやることを隠すようになります。
 時は過ぎ、5年前のある日、一人のプロ雀士と出会います。まだトラウマを払拭できていない私は、そんな麻雀を職業としている人に興味がわきました。そして対局し、あっさり負けたわけです。負けたのですがその方の人柄にほれ込み、いつかそのプロに勝ちたいという一心でいろいろな大会に参加するようになりました。
 そんな中に3年前に蒲田で開催された第二回骨髄バンクチャリティー大会がありました。最初の動機はチャリティー精神というよりはプロとの対局だったわけです。でも参加して驚きました。主催された山口明大プロは麻雀での社会貢献を世間に広めるために活動しているというのです。まったく結びつかないと思っていた事に本気で取り組んでいる人をみて、私のトラウマが癒されていきました。「あっ、麻雀やってるってことは隠さなくていいんだな。」
 それからはますます積極的に参加し、麻雀を通して多くの友人もできました。
 私に真剣に麻雀に取り組むきっかけを与えてくれたプロ、後ろめたい事と感じなくていいんだと教えてくれたチャリティー大会に協力をしたい。そんな思いから10月に群馬でのチャリティー大会を開催しました。山口プロがこの大会を始めた動機が「自分を支えてくれた麻雀に恩返しがしたい」という事だとしたら、私は「その大会を始めてくれた山口プロのお手伝いがしたい。」との思いからです。おそらく5年前のプロとの出会いがなければ山口プロとも出会っていなかったわけで、群馬でチャリティー大会を開催することもなかったと思います。そうした不思議な人のめぐり合わせをこれからも大切にしていきたいと思います。
 でもここで患者さんやボランティア活動を熱心にされている皆さんに謝らなければならないのかも知れません。私は普段からチャリティーや社会奉仕を特別意識しているわけではありません。骨髄バンクにドナー登録したのもごく最近のことです。
 私のように普段は麻雀しか楽しみがないような者でも、協力ができるということを知っていただきたいのです。
 ドナー登録をためらっている方のなかには、普段の生活から管理されるのかも知れないと不安に思ってる方もいるかも知れません。また私が友人にドナー登録をしたことを話すとたいていの人は脊髄と骨髄を混同していて移植が危険な事のように言われます。こういった不安や誤解を取り除くには、身近な人の話が一番だと思います。今回のチャリティー大会に参加された皆さん、またこれを読んでいただいている方が、それぞれ「身近な人」になってくだされば、少しはお役に立ったとこれからの私自身の励みになりうれしく思います。

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心のこもったご寄付ありがとうございました。(2009.10.16〜11.15)

西河内 靖泰さん 3,000円/和泉屋 正敏さん 3,000円/南川 英則さん 3,000円/中川 里枝子さん 2,000円 八戸 信昭さん 1,000円/岸 康彦さん 20,000円/堀 雅子さん 20,000円/三戸さん母上 10,000円 松下博英・倫子さん 5,000円/鈴木 陽子さん 2,000円/浜田 祐子さん 3,000円/高木 和子さん 2,000円 二見 茂男さん 1,000円/中谷 光子さん 3,000円/出沢 その子さん 1,000円/吉村 孝江さん 1,000円
お寄せいただいたご寄付のうち、会費未納の会員からは会費(年3,000円)を差し引いて掲載させていただきました。

地元、ひまわりバザーに参加して

 11月22日、三鷹大屋根広場にて《ひまわりバザー》が開催されました。あいにく当日の朝は小雨がパラつき、客足が心配されましたが、開始30分前には雨も止み入場待ちの長蛇の列が出来ていました。
 東京の会は、三瓶代表の生まれ故郷、北海道滝上町名物の『月のチーズ』を販売しました。雨は止んだとはいえ気温は上がらず、季節外れの寒さの中、震えながらチーズを販売しましたが、完売とはいきませんでした。我々の参加の意義を理解して下さる方々が購入をしてくれました。
 三鷹で生まれ育った私には、三鷹在住の東京の会代表でひまわりの会理事長の三瓶さんとの繋がりはもちろんの事、家族会代表とも偶然にも旧知の仲という、実に関わり深いイベントです。私の知人も東村山から足を伸ばし参加してくれ、イベントの素晴らしさに感嘆しておりました。
 その後の打ち上げに東京の会の保居君と参加しました。参加者の中におられた看護師さんと話す機会があったのですが、骨髄移植の認知度の低さを痛感し驚きました。今回の参加は自分の地元のイベントでとても楽しかったですが、これからもっともっと血液難病治療への関心を高めるため、草の根運動の必要性を感じさせられたイベントでした。 (仲本剛朗)

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来年も箱根駅伝で活動開始

 早いもので、もう12月となり新しい年の幕開けが近づいてきました。
 お正月といえば箱根駅伝、今回も全国骨髄バンク推進連絡協議会の主催で、沿道における骨髄バンクPR活動を行います。2001年、たった2人で始めたこの活動も、箱根駅伝主催者である関東学生陸上競技連盟の協力の下、各大学・学生・企業の方たちの多大なる協力を得て、今回で10年目を迎えることになりました。
 東京の会では、毎年東京・田町駅周辺と、箱根宮ノ下を中心に、ボランティアの仲間が骨髄バンクののぼりを掲げています。お正月、こたつに入りながらテレビで箱根駅伝を見て、骨髄バンクののぼりを探してみるのもいいですが、沿道で目の前を走り抜ける選手を応援しながら、骨髄バンクのPRをするのもまた格別です。
 興味を持たれた方、今年こそはと思っている方、ぜひ東京の会までご連絡ください。

東京の会は下記の場所で箱根駅伝を応援します。
・田町駅国道15号線の沿道
 往路1月2日(土)7:30頃集合
 復路  3日(日)12:00頃集合
・箱根町 宮の下沿道
 往路1月2日(土)12:00頃集合
 復路  3日(日)8:00頃集合
詳しくは、東京の会へメールでお問い合わせください。ホームページでも告知中。

山崎裁判一審判決を不服として財団が控訴

 (財)骨髄移植推進財団を解雇された元同財団職員山崎裕一氏が地位確認などを求めていた訴訟について東京地裁で出された判決は、ほぼ山崎氏の主張が全面的に認められる結果となりましたが、これを納得できないとして財団は間髪をいれず控訴手続きを行いました。その第1回口頭弁論が去る11月10日東京高等裁判所第808号法廷で行われました。
 控訴審の審理は書面審査が主となり、傍聴者には審理の中身が分かりにくい面があるのですが、財団の前常務理事の証言が一審の準備書面に新証拠書面として追加されたとのことです。裁判官から山崎氏側に若干の質問もあり、次回口頭弁論までに対処することになります。本件の問題点についての関連記事が週刊朝日10月23日号に掲載されています。ご参照ください。
 次回は2010年1月21日午前10時30分東京高裁808号法廷で行われる予定。

ボランティア再開記念日
「東京モーターショー 登録会」

 10月24日から11月4日にかけて、千葉県幕張において開催された“東京モーターショー” 会場にて恒例になった献血と骨髄バンクドナー登録会が主催者および千葉県血液センターのご協力のもと開催されました。私は、そのうち25、27、29日をお手伝いさせていただきました。久し振りに大声を張り上げての骨髄バンク活動に心身ともに満たされた3日間でした。
 3年前から始まった遠距離介護生活で、月の大半を故郷の因島で過ごすこととなり、以来ボランティア活動はほぼ休止状態となりました。そのうえ、説明員認定制度ができる以前より説明員をしていた私は、実は今年の夏まで説明員の資格を得ていなかったのです。介護生活にも慣れ、ほんの少し心に余裕と社会活動への渇望心が芽生え、今年春から仕事とボランティアを少しずつ再開することとしました。
 そこで、まずは骨髄バンクドナー登録の説明員の資格取得をと、東京の会の中谷様より研修を受け説明員の資格を得ました。あーあの研修は久し振りに緊張したなー。その後、すぐに後楽園球場での登録会で説明員デビューを果たし、今回は2度目の経験となりました。
 久し振りのボランティア参加に、千葉や埼玉のお仲間達は「東京の会の村上さんって、いったいどの村上さん?」と思っていたようで、私の顔を見るなり「えー村上さんだったの!久し振りね」と、なんとも不思議な会話での再会を致しました。思いがけずお会いできたお仲間もあり、嬉しいボランティア再開記念日となりました。
 私の献血とドナー登録呼びかけの大声は、周りの喧騒にかき消されあまり登録者増には貢献しなかったようですが、それでも通りがけに「登録してますよ」と言ってくださる方や「私でも出来ますか?」と声をかけてくださる方も数名いらっしゃいました。休憩中も東京の会の黄色いジャンパーを着てタスキをかけていた私に、コンパニオンの美しい女性が声をかけてくださり、「何時まで受け付けていますか?
 休憩時間に行きますね」と言ってくださいました(結果、残念ながら貧血で登録には至りませんでしたが)。そんな中で見るからに恋人同士の方や、幼い子供さんを連れた若いお父さん、出品会社の社員さん、修学旅行中の男子高校生の二人組などなど…が登録してくださいました。
 数年前の献血並行の登録会では、まず献血の呼びかけを3回したら1回骨髄バンクの呼びかけをしようなどと、妙な気を遣いながらの呼びかけでしたが、なんと血液センターの職員の方も積極的に骨髄バンクドナー登録を呼びかけてくださっていました。長年にわたる千葉の会と血液センターの方々の結びつきの強さを感じ、さらに嬉しく頼もしく思ったものです。
 27日の朝は武蔵野線から美しい富士山を仰ぐことができ、久し振りの骨髄バンクボランティアは、お仲間との嬉しい再会とご協力くださった献血センターの方々、献血して下さった方、登録して下さった方への感謝に触れることができた3日間でした。皆さんに「ありがとう」 (村上順子)

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筆者(前列右端)

骨髄提供者からのメッセージ
2度目の体験日記 患者さんへの変わらぬ思い 小口 幸人(31歳)

 2回目の提供です。1回目は,約3年前の春でした。2回目ともなると落ち着いたものでしたが,最終同意面談で「1回目がうまくいったからといって2回目がうまくいくとは限らない」という説明を受け,少しドキッとさせられました。
 そうは言っても2回目ですから,少し趣向を変えて,入院してからの経過を詳細に報告することにしました。ぜひ,参考にしてください。もちろん,各病院毎に扱いが違いますのでご了承ください。

●1日目●
 病室に通されるなり,担当のお医者さんや看護師さんがご挨拶にこられました。当然,名前は覚え切れません…。さっそく採血,そして簡単な問診です。寝不足であることを正直に報告し,お腹と背中の音を少し聞いてもらい,喉をみてもらいました。
 一段落したところで,看護師さんに病棟の説明をしていただきました(今回は小児科に入院です。珍しいケースらしいですが,子供が多くて心が安らぎます。全ての設備が子供サイズです(笑))。検尿をし,体温を測り,身長と体重を測りました。体温は,朝・昼・晩と退院するまで測り続けます。記入する用紙も小児科仕様,すべてひらがなでかわいい絵入りです。
 持参した荷物を整理し終わった頃,麻酔科へ呼ばれました。DVDで一通りの説明を受けた後,手術の際にも立ち会っていただける麻酔医さんから,麻酔の方法とリスクについて直接説明を受けました。
 お昼になり,最初のご飯をいただきました。若干味気ない食事ですが,いかにも栄養バランスがよさそうです。食事の後は特にやることがありません。強いて言えば,のんびりしていることが仕事です(退屈しのぎに本や雑誌等をたくさん持参しましょう)。
 午後にしたことは,翌日の手術の際に使用するT字帯を病院の売店で購入したこと,翌日以降入れないのでお風呂に入ったことぐらいです。21時以降は絶食です。絶食前にたっぷり水分を取り,今夜は早めに寝ることにしました。寝付けないようであればと睡眠導入剤がありますとのお話でしたが,眠ることができました。

●2日目●
 朝起きて,ひげをきれいに剃りました。昨日麻酔科で見たDVDの中で,酸素マスクを密着させるためにひげを剃ってくださいとの説明があったからです。看護師さんから,手術着に着替えるように言われました。T字帯の付け方をすっかり忘れてしまったことを女性の看護師に話したところ「手伝いましょうか」と言われたのですが,少し恥ずかしかったので自力でがんばりました。手術着に着替え,看護師さんに付き添ってもらいながら手術部まで歩いて行きました。お医者さん達の到着を待って,いよいよです。
 中に入り手術台に横になりました。すぐに手術着を脱がされ,点滴の針をつけてもら……ったところまでしか記憶は全くありません。麻酔でぐっすりです。
 次の記憶は病室のベッドです。点滴,酸素マスク,脈拍と血圧を測る機械,カテーテルが体につけられて仰向けに寝ていました。腰は少し痛みますがさほど気になりません。腰の痛みよりも,カテーテルの違和感の方がはるかに気になりました。この違和感と痛みは男性独特のものらしいです。
 しばらくはひたすら辛抱です。骨髄移植の手術で,一番つらいのは,おそらくここから数時間だと思います。2時間ほど過ぎた頃でしょうか,酸素マスクをとることを許されました。同時に,脈拍や血圧を測る機械もとれました。少し身軽になりましたが,カテーテルが痛いです…。
 4時間ほど過ぎた頃でしょうか「立てそうですか」と尋ねられました。「大丈夫です」と答えた後ベッドから起き,立ち上がりました。自分でトイレに行くことができるようになったので,ようやく,カテーテルから解放されました。抜かれるときは痛いです…。あとは点滴だけです。
 この日の夜は,ずっと点滴をつけたままでした。私が何かするたびに点滴が閉塞してしまい,看護師さんを呼ぶはめになりました。何度もお手を煩わせてすいませんでした。点滴のせいで少し眠りにくかったのですが看護師さんの協力もあって眠ることができました。

●3日目●
 朝食からご飯を食べることができました(おかゆでしたが)。午前10時に抗生剤を点滴してもらったのを最後に,点滴を外してもらうことができました。鎖から解き放たれたような開放感です(笑)。お昼からは通常どおりのご飯が食べられるようになり,歩き回ることもできるようになりました。後は暇です…。

●4日目●
 お世話になった方々にご挨拶をして退院です。午後からは普通です。
 入院して改めて思うのは,患者さんがいかに大変かということです。私など,今回の点滴とカテーテルだけで,もううんざりです。兄がそうだったのでわかりますが,患者さんの苦労はドナーの比ではありません。そんな患者さんの苦労を,また一人分取り除くことができたかなと,今は少しだけほっとしています。(東京都在住)

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~voice~ こころをつなぐ
ヒーロー(前編) 井上くるみ

今回の「Voice.心の声」は、著者が、愛する人の発病から10年の時を経て見えたもの、感じたもの、悟ったことを文章にしたものです。
長文の為、3号に渡り掲載致します。(編集部)

●1999年 〈本態性血小板血症〉
 社内の健康診断で血小板数が異常値(70万)を示し、即刻病院で精密検査を受けた結果、本態性血小板血症(ET)であるという診断を受けたそうです。この時点で本人にも告知があり、以後は毎月1回外来で血液検査を受けてハイドロキシウレア(ハイドレア)を服用していました。精密検査と経過観察にかなりの日数を要したのですが、私たち同僚にはそんな危機的状況を抱えている心の内を誰に打ち明けるでもなく、いつものように深夜まで黙々と皆と仕事をし、私のBirthday Partyにも来てくれました。
 数週間経ったある日のランチタイムに「白血病ではなかったらしい。血小板が人より多い病気だったぁ.」というだけの素人的な?理解を安堵した様子で私たちに初めて報告してくれました。骨髄穿刺を受けていた事も含めてかなり衝撃的なニュースに驚いている私たちを尻目に「病気のおかげでこれからは毎月血液検査をしてデータ観察できるんだから自己の健康管理はカンペキだよ!」などと言いながら、この病気の正体を正確に把握しようとはしませんでした。
 確かに、当時の彼のステージでは自覚症状もなかったし、薬で血小板値をコントロール出来ていたのでこれといった重篤な症状もなく、日常生活には何ら支障を来さなかったのです。いわゆる世間一般の健康な働き盛りの30代と同じ生活をしてはいたものの、あれから10年の月日を経た今日、あの日皆の前で「カンペキだよ!」とクールに言い放つまでの胸の内、彼が心の奥底に抱えていた不安と恐怖を誰にも覗かれたくなかったんだなぁ、と、悟ったのです。

●2006年早春 〈骨髄異形成症候群へ移行〉
 この年の2月のことです。お正月明けからあわただしく出かけたアメリカ出張から戻ったばかりの私は、久々に一緒に食事する彼の顔色がなんだか優れないと感じながら「今月のデータはどうだった?」と、努めてさり気なく聞いてみました。すると予想以上に神妙な面持ちで言いました。「どうやら僕の骨髄では血液が作れなくなってきてるらしい。先月PLT(血小板)が正常範囲に来た時には根性で治せたか!と思ったんだけど、今月はどんどん下がってて貧血も出てるらしいから隔週で通院する必要があるんだってさ」。
 何とも腑に落ちない説明でした。一体この人の身体の中で何が起きているのか、何とかして確かめないと。そう考えて血液学専門書やインターネット、米国の血液学会サイトなど、あらゆる情報を集めてみました。要するに状況を把握して最悪の状況を知っても自分がショックを受けたりしないように心の準備をしようとしたのですが、恐ろしい事ばかりが頭をよぎって眠れない日が続きました。確証のない事に気を取られた素人が病名の推定をするのは愚かな事だと反省し、診断を待つことにしました。
 3月下旬、彼は精密検査の診断結果が出たその足で私を社内の会議室に呼びました。「ごめん、結果は良くなかったんだよ…」そして、骨髄が線維化してしまっている事、骨髄移植を受けなければならない事、少なくとも半年は復帰できない事などを話してくれました。「で、病名は何だったの?先生は何て?」涙を流す私の質問には答えずに「泣いてくれるのは有難いんだけど、ある意味これは僕にとって根治へのチャレンジだと思ってるからポジティブに受け取ろうと思う。長くなるけど僕は必ず治すつもりだから。サポートしてくれる?」と言いました。彼は今ふうの言葉を借りれば「有言実行の人」、何が何でも物事を成し遂げる為の情熱と強い信念を持っていました。一度決めたら引かないこの人が病を克服できたなら、その経験はさらに彼の人生を大きくする事になるでしょうし、そんな彼に会ってみたいと思いました。

●2006年春 〈急性骨髄性白血病へ移行〉
 4月に入って幸いにも妹さんのHLAとフルマッチしている事が分かり、移植日と入院日が確定されるとその後は大変な忙しさでした。彼がリーダーをしていた製品開発プロジェクトはピークに差しかかっており、国内の主要なコンピュータメーカー各社もその完成を待っていました。3年間も進めていた大きなプロジェクトを中途で抜けなければならない彼の無念さを汲むと、とても可哀想で何も言えませんでした。
 業界全体の命運をかけた大きな製品であったが故に、彼の引き継ぎには膨大な作業が発生していました。早朝から夜間まで会議漬けになっている彼をハラハラしながら見守りつつ、「これじゃあ病気以前に過労死する……」そんな事を考えていたゴールデンウィークも間もなくというある日、二人でほぼ同時に風邪をひいて熱を出してしまいました。私の熱は1日で下がったのに、彼は微熱が続いて貧血が進行し、一向に回復しません。私はこの時に3月の時点から疑っていた「急性骨髄性白血病」が彼の病気である事を疑っていたのですが、恐くて本人に紐解くきっかけさえ切り出せませんでした。
 そんなある夜遅くに「胃が痛くて歩けない」と言ってタクシーで帰って来ました。普段胃痛はないし、骨髄が線維化している=とうとう肝臓か脾臓が腫れて来たんだ……などと推察しながらも、「頼むから明日は会社を休んでね?」とだけ言いました。さすがの彼もそんな状態で出社するとは言いませんでしたし、その時はすでに身体を動かす事もままならない様子でした。そして2日後、先生からの電話で当初の移植入院予定日より2週間も前倒しで緊急入院することになり、即刻輸血と抗がん剤(キロサイド)治療が始まりました。入院してもなお、仕事の引き継ぎが完了していない事を気にして病室にPCを持ち込んでメールと電話で引き継ぎを進めようとするので、半ば私は驚きあきれていました……。(次号へつづく)

東京ドナー登録会予定(12月)

12月 2日(水)中野区役所(中野区)
12月 9日(水)三茶しゃれなーど(世田谷区)
12月12日(土)数寄屋橋公園(宝くじ)(中央区)
12月14日(月)千代田区役所(千代田区)
12月14日(月)赤羽駅東口(北区)
12月19日(土)学生クリスマスキャンペーン(池袋東口)(豊島区)
12月25日(金)板橋区役所(板橋区)

◆編集者雑記◆

▼2009年の会報も最後の月になりました。今年の東京の会及びボランティア活動報告と、同時に骨髄バンクの状況を振り返ってみたいと思います。一昨年末、長年の目標であったドナー登録30万人に到達して、その後のボランティア活動の大きな指針・スローガンが示されないまま、患者救済を共通認識として、各地で様々な活動が行われました。
▼東京の会も新しいメンバーが数名加わり、それぞれがアイデアを出し合い、活性化されたような気もします。この会報制作も今年編集委員会を立ち上げ、月二回、仕事の後集まり、作業を行うようになりました。
▼なぜボランティア活動に参加するのか…。そこには一つの答えのようなものは無く、各々が何かを信じ、何かを求め参加しています。骨髄バンクボランティアは患者救済。ボランティア活動で一番嬉しいことのひとつは、元気になり、社会復帰をはたした患者さんとの再会です。
▼ある患者さんは、約20年前(当時彼は小学生)、日本に公的な骨髄バンクがない時代に兄弟から移植を受け、現在社会人として元気で生活しています。彼はパッと見、まるで美しい可愛い少女のようです。移植前の放射線治療等の影響で、成長ホルモンが上手く働かなかった結果です。しかし、彼の性格は常に前向き、こちらが逆に勇気を与えられることもある男です。年に一度、彼とチャリティー麻雀大会で一緒に麻雀をすることや、様々なイベントで彼に会うことが楽しみです。
▼血液難病に対する医療の進歩も驚くばかりです。同じ病気の治療法が複数になり、患者の選択(医師の判断)が増え、社会復帰への道が大きくなると信じたいと思います。
▼現在、非血縁者間のPBSTC(抹消血細胞移植)の導入が財団を中心に検討されています。この治療法は、ドナーの身体的な負担を減らすという部分がメリットですが、近々の導入に向けて提供日数や診療報酬、G-CSF投与の副作用の問題等、現在委員会で実施に向けた諸問題の審議が行われています。患者、ドナーも選択肢が増えることは良いことですが、それをとりまく社会的環境を整えることも大切なことと思います。
▼患者さんを亡くすこと以外に、悲しく、驚くことが今年はありました。それは、会報でもたびたびお伝えしておりますが、財団の元常任理事より、この会報の記事が名誉毀損にあたるとして東京の会とそのメンバーが訴えられたことです。現在も裁判が続いて係争中ですが、近々判決がでるもようです。東京の会のメンバーには、ご子息を亡くした遺族や闘病中の患者、その家族、ドナーが中心となり、患者救済を胸に活動しています。
▼東京の会発足20年、このようなことは想像もできず、ボランティアの人たちの驚きと落胆、悲しさ、憤りは言葉にできないものです。ある地域のボランティアの方は、東京の会と財団が裁判で争っていると誤解され、その説明にも時間を取られました。
▼来年の東京の会は、設立20周年のイベントに向けて準備中です。参加される方が希望の持てる企画で前進あるのみ。そして、スッキリした気持ちで、まだまだ残っている諸問題に立ち向いたいと願っています。(I)

♪「12月定例会」/1月会報発送「おりおり」 のお知らせ♪

東京の会「12月定例会」のお知らせ

12月19日(土)午後5時30分より
会場:全労済東京・レインボー会館3階会議室
※新宿駅下車7分(新宿区西新宿7-20-8)
※西新宿駅下車1番出口徒歩2分
青梅街道新宿警察署きらやか銀行の角入ってすぐ右側
※1月定例会予定・1月16日(土)午後5時30分より
定例会は 毎月第3土曜日午後5時30分 から開催しています。


1月会報発送「おりおり」のお知らせ

1月9日(土)13時00分より【注:時間変更】
※開始時間が変更になりました。13時以降にお越し下さい。
場所:品川運輸・4階会議室(品川区東大井2-1-8)
JR大井町駅徒歩8分・京浜急行鮫洲駅徒歩2分
※今お読みになっている「東京の会通信」を約1000部
折って封入して発送します。簡単な誰にでも出来る作
業です。いつも人手が足りません。どうかご協力を。
※2月「おりおり」予定・2月6日(土)13時00分より


新しい方大歓迎です。お気軽においで下さい。お待ちしています。

平成21年10月末日現在 登録・適合状況

◆◆◆日本骨髄バンクの登録患者と検査済登録ドナー◆◆◆

ドナー(全国) 登録者累計 349,707人/10月登録分 4,345人/10月抹消分 865人/実質登録増 3,480人
ドナー(東京) 登録者累計  50,707人/10月登録分 391人/10月抹消分 115人/実質登録増 276人
患者(全国)  登録者累計 28,759人/10月登録分 179人


◆◆◆患者とドナー登録・適合状況◆◆◆

ドナー登録受付者数(累計) 445,900人
ドナー登録抹消者数(累計) 96,193人
有効二次検査済ドナー数 349,389人( 10月3,491人増)
二次検査適合ドナー数(累計) 208,596人
実質登録患者実数(現在) 2,679人( 国内1,365人)
HLA適合患者数(累計) 23,423人( 患者累計数の81.4%)
非血縁移植実施数 11,052例( 10月実施107例)

About

「東京の会通信」の「第212号2009年12月1日号」のページです。発行月別に掲載しています。

先月号は第211号2009年11月1日号です。

次月号は第213号2010年1月1日号です。

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