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第218号2010年6月1日号

2010年06月19日

銀座教会ドナー登録会
天気晴朗なれども…

4月24日、今年も東京の会恒例の春の銀座教会でのドナー登録会を開催しました。今年は東京の会20周年事業として、銀座教会での集団ドナー登録会を皮切りに、東京都赤十字血液センターと連携を図り、献血ルームでのドナー登録者確保のための活動を実施します。そのスタートとなる、重要な一日となりました。
 昨年、天候が雨で気温が大変低く残念な結果に終わったため、今年はどうなるのかと心配されましたが、天候にも恵まれ、人通りも多く、結果が期待されました。…しかし、今年も登録者は4人という、大変残念な結果となりました。
 登録会終了後、これまた東京の会恒例?のイベント終了後の飲み会(反省会)が開催され、銀座という地でなぜ登録者数が伸び悩むのかについて、討論が行われました。
●献血併行ではないから
●登録のモチベーションが高い人は、ほとんど登録してしまったから
●銀座はふらりと立ち寄る場所ではなく、用事がある人しか来ないため時間がない人が多いから
●場所がわかりにくいから
●インターネット等の告知が足りないから
などなど、積極的な意見交換が行われました。
 20周年事業のスタートとして、順風満帆なスタートとはなりませんでしたが、様々な問題が浮き彫りになった貴重な登録会となりました。今回の課題を今後のイベントの活動に生かしていきたいと思います。(保居)

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銀座教会の前でチラシとティッシュを配布

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数寄屋橋交差点でも人々は足早に通り過ぎてしまい…

『17歳の決意』
 今年の銀座教会登録会は昨年と違って晴天に恵まれましたが、冷たい風が教会の前に立つボランティアをふるえさせました。それだけではなく、道行く人々の冷たい反応にも長くここでの登録会に参加してきた私たちでさえ、一体どうなっているのだろうと思わされた一日でした。
 そんな中、最後の方に、親御さんらしき45歳位の男性と連れだって17歳の男の子が引き締まった表情でいらっしゃいました。二人同時に説明させて頂いたのですが、17歳の子は後2ヶ月で18歳の誕生日を迎えてドナー登録を持つことになるそうです。でも意思はしっかりされているようでしたので、取りあえず署名して頂き、その日になったら近くで登録して頂くようにお願いしました。テレビのドラマを見ていらして下さって、職場の人に勧められ一緒に来てくれたようでした。
 まだ17歳とはいえ、社会で働くきりっとしたその若者の姿に一同みな逆に励まされた思いでした。疲れがすが、17歳の子は後2ヶ月で18歳の誕生日を迎えてドナー登録を持つことになるそうです。でも意思はしっかりされているようでしたので、取りあえず署名して頂き、その日になったら近くで登録して頂くようにお願いしました。テレビのドラマを見ていらして下さって、職場の人に勧められ一緒に来てくれたようでした。
 まだ17歳とはいえ、社会で働くきりっとしたその若者の姿に一同みな逆に励まされた思いでした。疲れが飛んでいった一瞬でした。 (竹崎)

日赤献血ルームで献血・ドナー登録推進協力活動

 東京の会では設立20周年を記念して、4月恒例の銀座教会での集団登録会とは別に、都内7ヶ所の骨髄バンクドナー登録受付を行っている献血ルームで「献血・ドナー登録推進協力活動」をさせていただくことを日赤にお願いし、その第一回を5月4日アキバ献血ルーム(秋葉原駅電機街北口)で行いました。
 ボランティア参加者は6名。午前10時から午後4時までルーム前の通りで献血・骨髄バンクドナー登録への協力をよびかけ、必要によりドナー登録の説明を待合室で行いました。途中財団広報渉外部の加賀美さんが陣中見舞いに来てくれました。
 ドナー登録者は4名、ほかに1名の方に説明済申込書を発行することが出来ました。ほかに3名ほど家族と相談してから考えますという人がありました。アキバ献血ルームでは通常登録は1日に1名あるかないかとのことですので大きな成果だったようです。
 献血者の数はアキバ献血ルームの2倍以上の採血ベットを持つ南口の新設ルームと同数ぐらいの希望者が入り大忙しの状態で、何回か呼び込みストップがかかりました。4時の活動終了時点では、アキバ献血ルーム115名、新設ルーム115名と同数でした。
 今後、今秋11月にかけて献血ルームSHIBU2など都内の6ヶ所の献血ルームで順次「献血・ドナー登録推進協力活動」を展開していく予定です。 (新田恭平)

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非血縁者間PBSCTを考える(第2回)


 先月号の東京の会通信で、骨髄移植推進財団が今年10月から限定的に非血縁者間末梢血幹細胞移植(PBSCT)のコーディネートを開始すること、また、財団が諮問した「PBSCTに関する委員会」が、非血縁者間PBSCT導入にあたっての基本方針について「中間答申書」にまとめたことを、お知らせしました。
 そして、PBSCTの特徴や、非血縁者間で行うにあたっての課題、中間答申書の記載項目などについて概括的に紹介し、東京の会の基本理念である「患者救命とドナーの安全確保」という視点から、東京の会通信で非血縁者間PBSCT導入にあたって検証や課題提起を行うこととしました。今回はその続編として、非血縁者間PBSCT導入の必要性について、この間の経過や、患者・ドナーの観点から検証してみたいと思います。

●非血縁者間PBSCT導入の経過
 PBSCTは2000年4月に医療保険が適用となり、血縁者間で盛んに行われるようになりました。骨髄と比較して、手術室や麻酔医の確保がいらないなど、医療側にとって都合がよいこともあり、一時は血縁者間移植では移植ソースとしてPBSCが骨髄を大きく上回るようになりました。
 手術室や麻酔医の確保は、骨髄バンクを通じた非血縁者間骨髄移植でもコーディネート迅速化における大きなネックとなっており、医療関係者を中心に非血縁者間PBSCT導入を求める声が高まり、財団も委員会を設置してPBSCT導入の検討を開始しました。当時、ボランティア団体もこの問題について考えるため、血縁者間PBSCドナーの体験談を聞いたりしました。その内容は、たまたま副作用がひどい事例だったのかもしれませんが、PBSC採取の際非常につらい思いをしたというものだったため、ボランティア側には非血縁者間PBSCT導入に対する懸念が強かったのも事実です。
 ただ、その後非血縁者間PBSCT導入は新たに設置された国の造血細胞移植委員会(審議会)での検討事項となり、実質的な議論が進まず結果として頓挫しました。さらに2003年に血縁PBSCドナーが白血病で死亡する事例が生じたことから、G.CSFとの因果関係が疑われ、非血縁者間PBSCT導入はさらに遠のくことになりました。その後日本造血細胞移植学会で血縁者間PBSCTの検証が続けられてきましたが、2008年3月の国の審議会において「G.CSFと白血病発症の因果関係はない」とする報告がされ、財団はPBSCT導入に向けて一気に走り始めました。
 2009年7月に財団は「PBSCTに関する委員会」を設置し、毎月委員会を開催して、前述したように今年3月31日に基本方針をとりまとめた中間答申が出されました。また、財団は常任理事会で平成22年度(2010年度)中の導入を決定し、PBSCT導入のためのコンピューターシステム構築費用が国の予算で認められなかったにもかかわらず、今年10月に手作業によるコーディネート、来年1月から最低限のシステムによるコーディネートを、条件を限定して行うことにしています。

●もう一度立ち止まって考える
 このように財団は今年度中の非血縁者間PBSCT導入にこだわり、相当前のめりになっている印象を受けます。委員会の中間答申も今年度中の導入を前提としてこの時期に間に合わせた形になっています。PBSCTは財団として長い間店晒しになっていた課題であり、一気に決着を付けたいということなのかもしれませんが、そこまで急ぐ理由がいまひとつ理解できません。財団が天下り問題や一時事業仕分けの候補に上がるなど話題となっている中、実績を示したいのではないか、と言ったらそれはあまりにもうがった見方でしょうか。
 それはともかく、私たちボランティアとしては、本当にPBSCTの導入が必要なのか、そんなに急ぐ必要があるのか、もう一度よく考えてみたいのです。決してPBSCT導入に反対というわけではありません。ドナーにとっても安全性が確保されていれば選択肢が増えることは決して悪いことではないし、PBSCT導入によってコーディネート期間の短縮が実現すれば、それだけ患者救命の可能性が広がるからです。しかし、物事にはメリットもあればデメリットもあるのが普通で、デメリットはあるのか、それは克服可能なのかという観点からも考えてみる必要があると思うのです。

●患者から見た必要性
 前述したとおり、手術室や麻酔医の確保が不要なことから、血縁者間移植では一時PBSCが骨髄を大きく上回っていましたが、最近は半々からむしろ骨髄が優先される傾向にあるようです。これは移植成績の面で、骨髄に比べてPBSCTがいいとは言えず、特にPBSCTでは慢性GVHDが強く出る傾向があることから、移植後のQOLの面からも骨髄が見直されているということのようです。
 非血縁者間PBSCTが導入された場合、ハイリスク患者やミニ移植を希望する高齢患者は、造血機能回復が早いPBSCTを希望することが予想されます。その他の患者にとっては、コーディネート期間の短縮が期待されることがメリットとして考えられます。しかしそれを理由として積極的にPBSCTを患者側が希望するということはあまり考えられません。大多数の患者は、骨髄でもPBSCでも、ドナーが提供してくれるならどちらでもよいと考えるでしょう。また、最近の血縁者間移植の傾向を見れば、ドナーがどちらでもよいとした場合、提供可能時期にもよりますが、骨髄でお願いしますという患者(および主治医)が多いかもしれません。さらに再生不良性貧血などの非腫瘍性疾患の患者の場合は、骨髄を希望することになりそうです。
 一方患者にとって非血縁者間PBSCT導入のデメリットとしては、PBSCTによって慢性GVHDが強く出た場合、また非腫瘍性疾患の患者でドナー希望によりPBSCTになってしまった場合などがあり得ますが、患者にとっては造血幹細胞を提供してもらえることが最優先ですから、そのことが大きな問題になることはないと思われます。
 結論として、患者から見た場合、手術室や麻酔医の確保が不要なことなどからコーディネート期間が短縮されたり、選択肢が増えることによって実際に提供してくれるドナーが増えたりすれば、広い意味でメリットになると言えます。ただ、実際そうなるかどうかは未知数です。この点については後ほど考えます。

●ドナーから見た必要性
 ドナーから見た場合、提供方法の選択肢が増えるということが挙げられます。ただ、それが本当にメリットかどうかは微妙な部分もあります。選択に悩むということも考えられるからです。中間報告書にあるように、悪性高熱症や腰痛があるなどこれまで骨髄ドナーとして不適格だった方でもPBSCドナーにはなれるというメリットはありますが、大多数のドナーには関係ありません。
 一番大きいのは、G.CSFの投与を外来で行えば、提供に際しての入院が通常1泊2日ですむということです。骨髄の場合通常必要な事前の自己血採血も不要です。仕事や家庭の事情で骨髄提供が難しい方も、提供できる可能性が出てきます。我が国における血縁者間PBSCTでは、通常G.CSFの投与も入院で行われていますが、アメリカなど海外では外来投与が一般的です。中間答申でも当面は採取病院の判断としながら、将来的には外来でのG.CSF投与を原則とする方向で検討するとしています。ただ、実際にG.CSFの外来投与が定着するかどうか、やってみないとわかりません。ドナーの居住地と採取病院との距離や、重い副作用が出た場合の対応などの課題があり、当面は試行錯誤が続く可能性もあります。
 ドナーの選択という面から考えると、究極的には、全身麻酔や採取後の痛みのリスクと、G.CSF投与やアフェレーシスの副作用のリスクのどちらを選ぶかということになります。これをメリットと言えるでしょうか。マスコミ報道などでは、ドナーの身体的負担はPBSCTの方が骨髄より軽いという印象を受けますが、日本造血細胞移植学会の報告でも、有害事象の頻度は同等とされており、この点についてはドナー候補者への十分な説明が必要です。
 また、患者と同様に、ドナーの側も「どちらでもよい」「患者の希望に合わせる」という方が多いのではないかと予想されます。なお、中間答申では、ドナーは確認検査の際に両方の採取方法の説明を受け、「どちらでもよい」または「どちらかは不可」という意思表示をすることになっています。この際患者の希望は原則伝えず、ドナー側から要望があった場合のみ、患者の選択が変わりうることを前提に、患者の希望を伝えるとしています。

●日本乗り遅れ論は正しいか
 中間答申の「むすび」において、海外においては非血縁者間PBSCTは標準医療となっており、導入していないのは日本だけで、一日も早く導入してこれによる患者救命の機会が確保されなければならない、としています。これが財団が導入を急ぐ最大の理由のようです。いわば「日本乗り遅れ論」で、財団の「あせり」のようなものを感じます。しかし、よく考えてみれば、日本の場合、骨髄移植と並んでさい帯血移植が非血縁者間造血幹細胞移植において大きな比重を占めており、相互補完的な関係になっています。この点は他の国々と大きく違う点であり、そのことが考慮に入っているのかどうか、疑問を感じます。また、PBSCT導入により、患者・ドナー双方に選択肢が増え、医療施設にとっても移植需要の増大に対応する有効な手段となるとしていますが、一方導入に伴うデメリットもしくはリスク、課題等については、「むすび」では一切触れられていません。
 次号では、骨髄バンクにとってのPBSCT導入の必要性について、まず考えてみたいと思います。(二見茂男)

6月26日(土)は定期総会

 6月26日に東京の会、第21回定期総会が開催されます。今年度の活動方針の中では、10月より行われる非血縁者間PBSCTをふまえ、これから多様化する造血幹細胞移植医療に対しての方針を提案します。
 また、東京の会は現在20周年事業を展開中であり、14:00頃より記念事業でもある患者交流会を開催致します。皆様の意見を反映させ、会の活動に活かしたいと思っております。どうぞご参加下さい。

日時:2010年6月26日(土) 13:00-14:00(定期総会)
会場:全労済東京会館3階会議室
   (新宿区西新宿7-20-8)
議題:2009年度活動報告及び会計報告
   2010年度活動方針・宣言・役員改選
患者交流会&講演会 14:30-17:00(予定)

骨髄提供者からのメッセージ
宛名の書けない手紙〜もっと、もっと飛び交え 小中 義之 (47歳)

 骨髄バンク登録…私が骨髄バンクに登録したのは17年程前にもなります。きっかけは1993年10月毎日放送制作、TBS系で放送された
 ヒューマン・スペシャルドラマ「21歳の別離」を見て感銘を受けたのです。
 その内容は、慢性骨髄性白血病に侵されながら骨髄移植啓発キャンペーンに尽力し、平成5年1月、白血病のため21歳の若さで亡くなった中堀由希子さんの実話をドラマ化したものです。18歳で発病し、骨髄提供者を待つ中で骨髄バンク運動に参加。その精力的な活動ぶりや、見舞いに来た友人の後輩・重吉との出会いから婚約。そして、提供者が見つかり手術は一度成功するものの、遂に力尽きてしまう激動の3年間を描く実話に基づくドキュメンタリードラマでした。
 もし、大切な人が同じ立場に立ったら、と思うといても立ってもいられなくなり、翌朝、骨髄バンクに電話をした記憶があります。当時はpure(純粋:私的には単純と訳しますが…)だったのでしょう。
 それからドナー登録をしていたのも忘れていた10年後、骨髄バンクから一本の電話が入りました。貴方とHLAが合う患者さんがいます、骨髄提供をしていただけませんか?もちろん快諾しました。健康診断、検査、最終同意を経てからは、健康管理には人一倍気を使いました。血液がサラサラになると言われるラッキョを食べ始めたり、好きなアルコールを控えたりもしました。
 採取前日、入院経験の一度もない私でした…仕事も忙しく、病院に仕事を持ち込み採取前日は人生の一大イベントを前に興奮と仕事の残務とで寝られませんでした。
 翌朝、7時過ぎに精神安定剤を飲み、8時過ぎに筋肉注射を2本打ったのですが、それ以降の記憶は全くないのです。病院スタッフに撮って貰った写真では手術台の上でS看護婦に「小中さん、頑張って」と声を掛けられVサインをしているのがありましたが全く記憶にありません。ホント麻酔って凄い…って感じです。
 手術も無事終わり、記憶が戻ったのは11時過ぎ、手術を終え病室に戻ってきてから1時間も経たない頃でしょうか。ようやく、意識が戻り腰の鈍痛がありましたが、予想をしていたよりも軽いものでした。しかし、尿道に入れられたカテーテルだ違和感を生じ、先生に頼み込んで抜いて貰いました。その後の入院生活は快適なもので、日に日に腰の痛みも和らぎました。
 そんな中、病院のご厚意で術中の写真を撮影して頂いたものが、現像から上がって来ました。グラビアに掲載されているものよりリアルなもので、術中の様子が手に取るように判る、貴重なものとなりました。
 退院後、腰の痛みも消えた頃、宛名のない手紙がバンクを介して届きました。患者さんとその家族からのものでした。その内容の中で、ご主人が発病されたのが判ったのは下のお子さんが生まれる10日前だったそうです。その時の奥様の気持ちは想像を絶する不安の境地ではなかったのではないでしょうか?私の骨髄液がうまく生着すればいいのにと願うばかりでした。
 その一年後にも手紙を頂き、移植が成功し快方しつつあると言う内容のものでした。良かった…改めて、骨髄提供をしてよかったと感じた瞬間でもありました。今回の和歌山県で二例目となった骨髄提供の体験は、私にとって大変有意義な物となりました。
 今の感想は?と聞かれると「やってよかった.充実感で一杯です」。まっ、人は目の前の人を助けるのは当たり前ですが、なかなか目に見えない人を助ける事は難しいと思います。といって誇らしい気持ちは一つもありません、当然のことをしたまでです。
 私の好きな言葉に“人は城 人は石垣 人は堀 なさけは味方 あだは敵なり” と言う戦国武将武田信玄の言葉があります。今回の事は私一人ではなく、骨髄移植推進財団・コーディネーター・担当医師・看護師・家族・会社・職場の同僚といった「人」の上での体験と感謝しています。
 今は、説明員の資格を取り、また地区普及広報委員として微力ですが、ドナー登録のお手伝いをさせていただいております。 (和歌山県在住)

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スーパーバンドとの写真

~voice~ こころをつなぐ
17年の時を経て、これからも 中谷光子


 今から17年前の1993年、私は骨髄バンクドナーになりました。骨髄を提供することにより患者さんの命を救うという、ある意味ではお医者さんだけでは出来ないことが私に出来るのだと、誇らしく嬉しく思いました。公的骨髄バンクによる移植はこの年の1月に始まったばかりで、安全性についてもコーディネーターの方からはあまりはっきりした返事はなく、主人は大変心配したようです。
 私自身も少々心配しながら、「大丈夫。滅多なことはないよ」と自分にいい聞かせて、手術室に向かいました。そんなに痛みを感じることなく退院し、普通の生活に戻りました。患者さんとドナーの間で手紙のやり取りが出来るという話も聞かず、他のドナーの方がとても大事そうに持っておられる患者さんからの手紙もなく、私からも出さずに、少し心残りです。(あの患者さんはその後良くなられたのでしょうか。どこかの街角でお互い知らないうちにすれ違っていたりしたら楽しいですね。)
  無事に退院し、元気になった私を見て、主人は「これからは良くなった患者さんと一緒に骨髄移植について広めて行くことがお前の使命だ」と言いました。私がドナー登録をした動機は登録者の数の足しになれば(もしかしたら人助けになればという思いも多少ありましたが)という安易なものでした。
 1993年12月、東京の会のおりおりに参加しました。これが東京の会での最初の活動でした。四谷の会場で何人かのメンバーが手作業で会報を折って封入し、切手をはり、ポストに投函し、帰宅したことを覚えています。最初の頃はただそれだけの参加で、何の行事にも出ることなく、帰宅しました。
 でも少しずつ行事に参加するようになり、銀座教会やあちこちの大学でのドナー登録会で道行く人に呼びかけをしたり、 ただそうべいさんのふれあいコンサートでお話をさせて頂いたりしました。街頭で呼びかけをしていると、まるで私たちが疫病神ででもあるかのように、顔を背けて通り過ぎていく人もいて、何度も悲しい思いをしました。
 骨髄移植推進財団の元事務局長埴岡健さんから「ドナーになって患者さんの命を救い、登録の呼びかけをして、もしその登録者がドナーになったら、中谷さんは2度患者さんの命を救ったことになるんだよ」と言われました。そうかなーと納得するような…しないような… 。
 これまで活動してきた間に多くの仲間を失いました。ある人は移植を待ちながら、またある人は移植をしたものの健康体に戻れず、帰らぬ人となりました。いろいろな体験をしながら、15年経った2008年私の娘が悪性リンパ腫になりました。私たち夫婦がそのような病気になるのは、辛いし嫌だけど年齢的なものもあり、ある程度覚悟していましたが、私の子供が罹るのは想定外、こんなに辛いものかと初めて思い知りました。
 今まで患者家族の方の気持ちを少しは理解しているつもりでしたが、そんな生易しいものでないことがわかりました。私はもうパニック状態になり、もう我が家にはお正月も来ないのではないか、趣味のことも止めよう、ただただ神仏に御すがりして病気が治るようにと思いました。本人である娘は私達よりずっと気丈で、二人の子供に留守中のことを良く言い聞かせて入院し、化学療法を受け11日後に退院しました。
 幸い抗がん剤がよく効き、思いのほか元気になりました。いまではナント!パートで働いています。その病気になった娘が言いました。「お母さん、私が病気になったことを知人に言うと、意外とみんな病気やその他いろいろな悩みを抱えているんだね。人間はそうやって生きているんだね」
 病気をしたことで、今まで見えなかったことや気がつかずに過ごして来たことがわかり、人のやさしさに気がついたようです。その点ではただ年齢を重ねて来た私より、娘の方が多くのことを感じたようです。
 こんなに長く骨髄バンク活動を続けてこられたのは、東京の会のメンバーのことを抜きにしては語れません。メンバーの多くの方は本人が病気だったり、あるいは家族の方を亡くしておられたり、辛い体験をしてこられたのです。しかし、その方達はいつも笑顔で、他人の気持ちを暗くさせるようなことは決して言わず、明るく振る舞っておられます。私の娘が病気になったときも、我がことのように心配し、気を遣って下さいました。そのしなやかで強い精神に感動しています。私ももう四捨五入すれば70歳、いつまでこの活動を続けられるかなと思う時がありますが、今しばらく皆様とともに続けていきたと思っています。

東京ドナー登録会予定(6月)

6月1日(火)明治大学リバティタワー(千代田区)
6月3日(木)赤羽駅東口(北区)
6月4日(金)日本大学法学部(千代田区)
6月6日(日)氷まつり(上野公園)(台東区)
6月6日(日)三茶しゃれなーど(世田谷区)
6月10日(木)国際ビル(中央区)
6月11日(金)JR小岩駅(江戸川区)
6月12日(土)日赤看護大学クロア・ルージュ祭(渋谷区)
6月17日(木)福生市役所(福生市)
6月19日(土)東小岩小学校(江戸川区)

心のこもったご寄付ありがとうございました。(2010.4.16〜5.15

赤沼 正清さん 7,000円/衣川 千代子さん 2,000円/八戸 信昭さん 1,000円/峯 直法さん 2,000円
赤座 達也さん 10,000円/中森 立子さん 140,000円/匿名 1,210円
墨田区「てーねんどすこい倶楽部・生きがい講座部」 5,000円
お寄せいただいたご寄付のうち、会費未納の会員からは会費(年3,000円)を差し引いて掲載させていただきました。

♪「6月定例会」/7月会報発送「おりおり」 のお知らせ♪

東京の会「6月定例会」のお知らせ

6月19日(土)午後5時30分より
会場:全労済東京・レインボー会館3階会議室
※新宿駅下車7分(新宿区西新宿7-20-8)
※西新宿駅下車1番出口徒歩2分
青梅街道新宿警察署きらやか銀行の角入ってすぐ右側

※7月定例会予定・7月17日(土)午後5時30分より

定例会は毎月第3土曜日午後5時30分より開催しています。


7月会報発送「おりおり」のお知らせ

7月3日(土)13時00分より
※開始時間が変更になりました。13時以降にお越し下さい。
場所:品川運輸・4階会議室
JR大井町駅徒歩8分・京浜急行鮫洲駅徒歩2分
(品川区東大井2-1-8)
※今お読みになっている「東京の会通信」を約1000部折って封入し発送します。
簡単な誰にでも出来る作業です。いつも人手が足りません。どうかご協力を。
※8月「おりおり」予定・8月7日(土)13時00分より

新しい方大歓迎です。お気軽においで下さい。お待ちしています。

◆編集者雑記◆

▼6月5日、6日に全国協議会・20周年記念全国大会が盛大に開催されます。設立20周年記念ということで、様々な趣向を凝らして全国から多くのボランティアがここ東京に集まります。内容も「患者さんを支える人たち」と題したシンポジウムや医療講演会、各地の物産店を開くなど盛りだくさんの企画です。6日の午前中には、全国協議会定期総会が開催される予定でした。
▼「日本に公的な骨髄バンクを作ろう」「血液難病患者を救おう」という熱い思いの中、20年前に患者・患者家族や友人が中心となり、全国の草の根運動を全国レベルで国に対して様々な提言等を行う組織として発足したのが協議会です。これまで、「患者負担金の軽減」「保険適用」「ドナー登録者30万人へ」と全国のボランティアが思いを一つにし、各地域で活動を展開してきました。
▼協議会運営は協議会に加盟する各地ボランティア団体より推薦を受けた人と、立候補をした人が選挙によって理事として任命を受け、理事会の意思決定により運営されます。そして、定款変更が必要な案件がある場合は、加盟団体の代表者が集まり議論を重ねて総会の場によって議決されるという、極めて民主的な組織運営がなされています。
▼今回、認定NPO法人の認可は、事業の公共性の証明や経理上の透明性を認められたということです。その為には、いくつもの要請書類の提出が必要であり、気の遠くなるような作業をこなした協議会事務局員の粘り強い対応に敬意を表するところです。
▼しかし、その20周年の今年に理解に苦しむことがおきました。それは、定期総会の延期です。理由はともあれ、過去20年に一度もなかった由々しい事態です。漏れ聞こえてくるところでは、理由はズバリ、総会資料作成の遅れです。この間、認定NPO法人取得等の動きがあり、経緯を説明し加盟団体との意見交換の場を持ってから、総会を改めて開催するとのことですが、そのような方針や考え方があるならば、事前に代表者会議やメールベースでの意見交換を行うなど準備はできるはずです。加盟団体との意見交換は後付で、決算・予算作成が遅れ事前の総会議案送付が間に合わなかったということなのです。これは事務局員だけの問題ではないと思います。菅事務局長はじめ理事会は、加盟団体に対しどのように説明・対応するのでしょうか?しかも総会開催まで10日を切っている本稿入稿時点でも正式な加盟団体宛の通知はされていないのです。
▼ここ2年間ほど、全国のボランティアが一つになり活動するということはありません。今年の10月からは日本でも非血縁者間の末梢血幹細胞移植がはじまり、患者さんにとって治療法の選択が増えることになります。そのような造血幹細胞移植医療に携わるボランティアも、多様化する情報の中でどのような活動を行うか選択していかなければなりません。協議会の活動はどのように舵を取るのでしょうか?認定NPOの優遇措置が生かされ、もし潤沢な運営資金をもって協議会運営がなされるのであれば、加盟(会費制)という形にとらわれず、組織運営の刷新に迫られている時期なのかもしれません。 (I)

平成22年4月末日現在 登録・適合状況

―――――――――――――――――――――――――
      ドナー(全国) ドナー(東京) 患者(累計)
―――――――――――――――――――――――――
登録者総数   359,256     51,680   30,112
4月登録分    2,898      305     238
4月抹消数    1,038      124     -
実質登録増    1,860      181      -
―――――――――――――――――――――――――

患者とドナーの登録・適合状況(4月末日現在)
ドナー登録受付者数(累計)    462,109人
ドナー登録抹消者数(累計)    102,853人
有効二次検査済ドナー数     358,942人(4月1,880人増)
二次検査適合ドナー数(累計)   220,362人
実質登録患者実数(現在)      2,619人(国内1,385人)
HLA適合患者数(累計)       24,498人(患者累計数の81.4%)
非血縁移植実施数         11,678例(4月実施91例)

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「東京の会通信」の「第218号2010年6月1日号」のページです。発行月別に掲載しています。

先月号は第217号2010年5月1日号です。

次月号は第219号2010年7月1日号です。

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