いのちの輝き展

あやちゃんの贈り物展

「大きくなったら画家になる」と夢を語っていたあやちゃん。

小さな画家・あやちゃんは白血病と闘いつつ、わずか2年ほどの間に8000枚の絵を残し、念願の骨髄移植を果たせぬまま、7歳9ヶ月でなくなりました。
つらい治療の合間に描かれた、たくさんの絵には、「いのち」が、そして「愛」があふれています。

 その頃、今のように骨髄バンクが出来ていたら、あやちゃんはさらにたくさんの、素晴らしい絵を描いていたに違いありません。

 

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あやちゃんの軌跡
1982年5月 東京・三鷹市に生まれる。
1984年5月 3歳の誕生日直前に発熱、急性リンパ性白血病と診断される。武蔵野赤十字病院に入院、9月退院。
1984年11月 2回目の入院、放射線治療で頭髪が全部抜け落ちる。12月退院。
1986年2月 3回目の入院、5月4回目、8月5回目、11月6回目の入院。
1987年2月 7回目の入院、5月8回目、8月9回目、11月10回目の入院。
1988年2月 11回目の入院、このころから保育園年長組の女の子(年上)から絵を描いてほしいと列ができる。
1988年5月 12回目の入院、8月13回目、11月14回目の入院。
1989年4月 三鷹市立第二小学校に入学、その後1カ月おきに入退院を繰り返す。
1989年9月 病院内の武蔵野市立境南小学校いとすぎ学級に転校。
1989年10月 「すの中のバナナ」を描く。この後、体の衰弱が目立ち退院できず。
1990年1月 食べられず眠れずの日々、下旬に肺炎を併発。
1990年2月 歯ぐき・鼻などからのからの出血続きなかなかとまらない。28日永眠。

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