琉球新報朝刊2000年12月9日に掲載された記事からの転載です。

         「命の贈り物」骨髄液提供 体験記<4> 松本 哲治
                           
   
外国の男性へ「命の液」空輸 (神秘的な縁に感謝)

  入院する前夜、遅くまで仕事の整理をして、寝不足のまま空港から東京に向かった。骨髄液提供のために発生する費用、交通費や宿泊費、検査料、入院費などは全て骨髄バンクが負担するので、提供するドナー側は金銭的な負担を心配する必要はない。入院する際には付添いとして家族やパートナーの方お一人分の交通費も骨髄バンク側が負担してくれる。私はもうすぐ3歳になる娘は実家に預け、妻と、そして、まだ3ヵ月の次女を連れての「骨髄液提供3泊4日東京の旅」へと飛び立った。入院するといっても、採取当日まではこれといってやることはない。 
  私の方は骨髄液を提供する側なので、別にどこかが悪い訳ではないからだ。入院手続きが済み、荷物も片付けた後、病院内をうろうろと歩き回っていた。
  ドナーは骨髄提供を受ける患者について知ることはできない。当然、骨髄液の採取と移植は別々の病院で行われる。骨髄移植後のトラブルを回避するため、ドナーと患者は互いに名前も住所も知らないし、会うことも連絡を取ることもできない。
  ただし、名前を明かさない形でなら、一度だけ骨髄移植推進財団を通して手紙を届けることができるらしい。私が骨髄液採取を受けるこの病院は誰もがその名を知っている、都内の有名な大学付属病院である。現在は地方でも骨髄液の採取は可能になっているが、私の場合は相手が海外にいることから国際便を使って採取した骨髄液を空輸するため、東京の病院でということになった。
  私の相手は「外国にすむ男性で、年齢が30代」ということだった。ちょうど私と同じ世代である。
  結婚はしているのだろうか、子供はいるのだろうか、仕事は何をしているのだろうか。海の向こう生まれも育ちもまったく関係なく生きている、数万分の一の確率でHLAが一致している相手のことをあれこれと考えながら、神秘的な縁を感じていた。
  入院してから翌日に採取は行われた。前の晩から食事を断ち、採取日の朝に手術室に向かった。ストレッチャーの上に横になって廊下を通りながら手術室へと向かった。初めての手術なのにとても落ち着いていられたのは、精神安定剤のせいというよりも、リラックスできる雰囲気を作ってくれた病院スタッフのおかげだろう。
  私は「行ってきまーす」と明るく手術室のメンバーに声をかけて麻酔ガスを大きく吸い込み、深い眠りに落ちていった。骨髄液の採取は、原則として全身麻酔のもとで行われるので、痛みを感じることはない。
  手術台の上でうつ伏せの状態で眠り、ベルトのやや下側、腰の部分の骨(腸骨)から骨髄液は採取される。メスを使って切り取るのではなく、専用の太い針を左右数箇所に刺して、腰の骨の内部にある骨髄液を吸引して取り出すのである。
  採取される骨髄液の量は通常500〜1000mlで、時間は1〜2時間程度である。呼吸器や循環器、消化器などの胸やお腹を切り開かれるタイプの手術とは違い、この手術は比較的患者の肉体的な負担の軽い手術である。
  採取後の傷跡も針の跡が数箇所残るだけで指で示さなくてはほとんどどこにあるのかさえわからない程度である。麻酔から目が覚めると腰に鈍痛を感じたが、その痛みよりも、提供したその日の夜から発熱があり、その熱のほうがきつかった。
  提供から二日後、歩いて退院し、沖縄まで飛行機で飛んで、その翌日には仕事にも復帰した。腰の鈍痛はしばらく続いたが、座っている分には問題なく、提供後の回復はすこぶる順調だったといえるだろう。
  そもそも私は産まれてこのかた、病気らしい病気をしたことがない。手術を始め、入院も無ければ、骨折さえ経験したことが無い。
  そんな健康過ぎるほどの私がまがりなりにも医療関係者の端くれとして医療法人で働いていることに、正直な事を言えば、ちょっぴり後ろめたささえ感じていた。
  こんな私がどうやって病と戦っている人の気持ちがわかるのだろうかと。だから、今回の手術や入院は私にとって素晴らしい体験となった。健康のありがたさ、家族の思い、病院スタッフの言葉の重み、命の意味やそれを巡る人間たちの営みなど、いろいろ考えさせられた。
  腰の痛みに耐えながら熱にうなされた夜、巡回してくる看護婦さんがまさに天使に見えたという話も決して大袈裟ではなかった。今でも心から感謝している。そして、いつでも私を信じて支えてくれる妻の存在をこれほどありがたく感じたことはない。この場を借りて感謝を申し上げたい。
  私は現在、ジョギングを再開し、ダイビングを楽しむいつもの生活に戻っている。健康であることに感謝し、少しは人のお役に立てたかもしれない幸福感に浸っている。私は彼に骨髄液を提供することで、代わりにより多くの大切なことを提供してもらったような気がしている。燦燦と降り注ぐ太陽の光を浴びながら今僕が眺めているこの青空を、きっと海の向こうの彼も見上げているにちがいない。僕らは、今、確実に繋がっている。
  
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